4:まだ、打っていない手がある

 ジェントル・ササキが喰い止めていた艦船からの攻撃に、魔法少女たちが曝される段になって、組合側は後退の決断を下さざるをえなかった。

 浜辺で体勢を整えるために。

 戦場を退いていくボートの群れは、波を切るエンジン以外に無音。

 通信機から届く、一部始終を確認していた澪利の説明に耳を傾けるためだ。

『解体された資材を、簡単なリニア砲の弾丸として使用。資源の乏しい海世界の軍事思想なのでしょうが、一つの砲で、あらゆる物が射出できるようでした』

 淡々とした報告に、サイネリア・ファニーはうつむく。祈るように、手と手を握って。

『砲は一つなのである程度は弾くことはできましたが、交戦しながらですと、やはり……艦載戦力は無力化できたのは、さすがササキさんですね』

 捌ききれなかった幾本の鉄筋に貫かれ、トドメに鉄骨の一撃をお見舞いされた。

 通信機からの言葉が無くなり、ボートのモーター音だけが残る。

 誰も彼もが声を出せなかったのは、なにも澪利の言葉を聞くためだけでない。

 敗北感と、焦燥感と、そして次善策を巡らせるために。

 そして、状況を作り続けた魔法使いの安否を思って、言葉が作れなかったのだ。

 しばし、沈黙が続いて、彼に執着する少女が口を開く。

「……ダーリン、海に落ちて、まだ見つからないの?」

『全力を尽くしています。彼のギフトが消えていないので生存は間違いありませんし、位置も絞り込めます。ですが戦線への復帰は期待しないでください』

「当たり前よ。見つけ次第、病院に叩きこみなさい」

『心配なく、グローリー・トパーズ。治療班はすでに待機済みです』

 エースはそれ以上反論せず、視線を海へ投げる。何かを、誰かを、探しでもするように。

 みんなが彼をこの上なく心配している。

 自分も、心配で心配で、

『サイネリア・ファニー』

 通信の声に応えられないほど。

『聞いてください、サイネリア・ファニー』

 澪利の声は、いつものように抑揚なく静かなもの。

『あなたはもう、誰もが認める立派な魔法少女です。今回のこれを無事解決すれば、なお盤石な実績となります』

 何を言いたいんですか?

『重ねて言いますが、あなたはもう『立派』です。あなたを事故から助けた魔法少女とササキさん、二人と約束していた通り、立派な魔法少女になれています』

 だから、何が言いたいんですか?

『だから、どうか、目の前のことに集中してください。あとは』

 あと?

『万が一の覚悟を、しておいてください』

 通信はオープンだ。

 皆が、言葉どころか、身動きすら失った。

 一呼吸の間のあと。

 一人は僅かに頷く。

 一人は青空を仰ぐ。

 そして自分は俯く。

 覚悟なんかとうに。

 彼を失わないためには、自分が頑張らないといけないのだから。

 だけど現実は、その覚悟を塗りつぶして、さらに『覚悟』を要求してくる。

 万が一。

 万が一の時、あの人のいない世界に、この両足は立っていられるだろうか。

『皆さん、もう少しで浜辺です。すぐにミーティングをしますので急いでください』

 状況は進んでいく。

 どうにも、一人ぼっちになってしまった自分を取り残して。

 

      ※

 波音が、心地よく耳をくすぐる。

 聞き慣れていた激しいものではなく、穏やかな、春の陽光に相応しいざわめき。

 なぜだろう、と佐々木・彰示は振り仰ごうとして、

「ぐっ……!」

 全身の激痛に、意識が鮮やかによみがえる。

 満身創痍の体、ずたずたなアシストスーツ、静かな浜辺、そして川向こうになる浜辺に乗りつけている自分が相対していた巨躯。

 そうか、と吐息。自分が敗れたのだ。

 ならば、と吐息。立ちあがらないと。

 だけど、と吐息。自分に何ができる?

 膂力を増幅させてくれたスーツは、すでに切り裂かれている。マスクの通信機もだ。

 スーツ込みで拮抗していた戦局に、裸で出向いて何ができる。

 そもそも、現場は川向こうだ。広い河口を泳ぎわたるか、大周りで橋を渡るか。

 どちらでも時間はかかる。

 どうするか、と思案しながら、どうにか膝立ちまで姿勢を持っていくと、

「……バイク?」

 癖のある排気音が背後に迫って、

「彰示!」

 聞き慣れた、しかしこの状況で聞くことはないはずの、焦りの声。

「センパイ!」

 やはり、聞き慣れた焦りの声。

 どちらも懐かしくて、だけど疲労のせいか、どうして懐かしいのか思い出せなくて。

 砂浜を蹴る二つの足音はどんどんと近づいて、

「生きているな!? 意識はあるな!? 立てるな!?」

「ああ、大丈夫だ、大介。そんな、学生の頃と同じ聞き方をするなよ」

「お前が一つも成長しないで、死にかけてるからだろうが!」

 そうか。どうりで懐かしいわけだ。十五年前、そのままだからだ。

 友人の隣には、あの頃と同じように、呆れた顔をした可愛い後輩の姿もある。

「もしかして、俺を探していたのか?」

「そうだよ。海に落ちてそれきりだから、海岸を流しながら探していたんだ」

「いまはね、ドローンとか配信サイトとか便利なものがあるから」

「それに、俺の正体……」

「あの無茶苦茶、知ってる奴が見たらすぐわかるわ。童貞だとは思わなかったけどな」

 なるほど。地方組合程度の情報封鎖では、うまくいかないものなんだな。

「……行くんだろ? そんな、ズタボロでも」

「ああ。だけど……今の俺に何ができるかな?」

「知るかよ。それに、関係あるのか?」

 旧友は深くため息をつくと、こちらの肩を叩いて、

「成すべきを、全力で成らせるだけだろ」

 は、と胸をうたれて顔を上げれば、

「昔の通りに『ありとあらゆる手』を使って、町の平和を守りゃいい」

 その通りだ。

 衝撃に、ありがとうと言葉にできず、抱擁で答える。

「おうおうおう。わかったわかった。服が血まみれになるのは、この際許してやる」

「センパイ、私はいいです。この服、高いやつで……ダメですって! きゃああ!」

 一通り旧交を温めたところで、安物のバックが一つ手渡され、中には、

「俺のスーツ……と、コンビニ袋?」

 それは、ジェントル・ササキのユニフォーム。

「裏口の隠し鍵の場所、知ってるからな。引っ張り出してきた」

「ほんと、学生の頃から変わってないから、びっくりしましたよ」

 相変わらずだなあ、と笑い、まずは体に張り付く高価なぼろきれを剥がして、それから着なれたスーツを身にまとうと、

「まだ、なにかあるんだろ?」

「……そうだな。まだ『打っていない手』がある。まだ、俺は……」

 そう。

「『全てを投げ打っていない』」

「頼もしいこった」

 友人は笑い、背中を押して、

「行ってこい『ジェントル・ササキ』。街の平和を守るためにな」

 バイクを指さす。

「お前の『本気』を見せてやれ」


     ※

 時刻が正午を回り、組合は奮闘空しく、敵艦船の揚陸を許してしまった。

 ただし、艦載戦力はジェントル・ササキの手によってその大半を消失。攻撃の手段は、身動きが取れないまま、残った副砲を撒き散らすのみであった。

 これならば時間の問題であると、関係者が息をついたところで、状況が変わる。

 浜辺に乗り上げた艦船が、変形を始めたのだ。

 船首側の両側面が開口し、収納していた『腕』を展開。音からして、海面に沈んだ船尾側も同じく変形していると思われる。

 敵は、上陸しようとしている。

 その事実に、浜辺に展開していた魔法少女達は、作戦を再開。

 しかし、ただ撒き散らされているだけの副砲が、彼女たちの接近を阻み続けていた。

「船のダメージが大きくて、変形が滞っているのが救いだな」

 慌ただしい簡易指令室で、組合長は大きく息をついて、状況の悪さを確かめた。

 傍らの、私服姿のテラコッタ・レディも息をついて、

「さすがに、メディアも嗅ぎつけましたよ。県内メディアのうち、二社がヘリで現地中継を始めています。残りも時間の問題ですね」

「テイルケイプの秘密兵器と、声明を出さないとな」

「嫌ですねぇ。『公営の秘密結社』はこういう泥を被るのも仕事ではありますけど」

 で、現状を打破するには、と思案を巡らせたなら、

「メディアがいなければ、重機で押しきれそうなんだが」

「うちの仕業と声明を出したので、組合員で解決しないと。破損した重機の補填なんか、出ないでしょ」

「そこだな。彼女たちを危険には晒せんし……頭が痛い」

 ひとまず、光学兵器の減退を目論んで、各所から煙幕をかき集めているところである。さいわい、

「ジェントル・ササキがあちこち破壊してくれたおかげで、時間には余裕がある」

「ありがたい話で……彼は見つかったんですか?」

「いや……静ヶ原くん」

『捜索中です』

 そうか、と暗鬱な吐息をこぼし、

『ただ』

 え、と指令室の全員が、作業の手を止め、顔に明るいものを差しこませ、

『さきほどあるSNSに『ポリ袋をヘルメットと言い張り、警官を煙に巻いたスーツ姿のバイカー』の情報があがりまして』

 一瞬で曇って、

『おそらく、メディアも嗅ぎつけたようで……おや、中継が始まったようです』

 苦虫を噛みしめながら、誰かがテレビリモコンに手を伸ばした。


      ※

「ジェントル・ササキです! 本所大橋を越えて、テイルケイプが送り出した秘密兵器が待つ、本所海岸へと向かっているのでしょうか! 国道から細い路地に入って……バイクを止めましたね、一体何を……ああ! バス停です! バス停を背負って、再び走り出しました! あれで、一体何を殴りつけるつもりなんでしょう! 想像するだけでも恐ろしい! 

 おっと……情報が入りました! SNSで、バスを待っていた人たちが投稿したところによると『本当はテラコッタ・レディへの隠し玉だったんだけどな』と呟いたそうです!」


      ※

 指令室の、一人を除く全員が土下座した。

 土下座しなければならなかった。

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