ED

ED――佐々木・彰示の述懐――

 妹よ。君の大学生活は順調だろうか。

 校門近くのツツジが美しいそうだね。そんな素敵な街で、楽しく頑張っているだろう。

 兄さんのほうは、四月で三十歳の誕生日を迎え、

「きゃあああああああああああああああああああああああああああああああああ!」

 夕暮れ迫る地元の繁華街で、悪の魔法少女に、コブラツイストを仕掛けている。

 そう、正義の魔法使いを続けているんだ。


      ※

「はあああ! ダーリン、こんなに密着しちゃったら、私の体ギシギシいっちゃうぅ!」

「MEGUさん! 心じゃなくて体がギシギシいうのは、ただの怪我ですよそれ! ササキさんも! 駆け寄ってきただけで関節技をかけないでください!」

 駆け寄る相棒に強く叱られ、しぶしぶ悪の法少女の拘束を解いた。

 だが、言い分に納得はできず、崩れ落ちた彼女の「すてきぃ……」の呟きからダメージの度合いを確かめながら、

「しかしサイネリア・ファニー。裏の繋がりがわかったとはいえ、敵は敵だ」

「ササキさん! 場所と時間を考えてください!」

 言われるまでもなく、午後の六時前後だ。

 繁華街はこれからが最盛であるが、夕暮れ時も学校帰りの学生や買い物を終えた主婦、サボりの営業マンがうろうろしている。

 一重二重に取り囲む野次馬は『年端もいかないアイドルの関節を躊躇なく極める大の大人(三十歳・童貞)』 の姿を、ざわめきすら起こせずに見つめていた。目の前の『暴行犯』が一般人に手を出さないことは周知の事実であるため、誰もが『何かあったら飛び出す』覚悟を眼差しにこめて。

 ササキは把握する。

「わかった。これからは人目につかないところでやるよ」

「なんですその怖い宣言! そうじゃなくて、私たちは繁華街のパトロール中ですよね?」

 秘密結社テイル・ケイプとの戦闘は含まれていない。

「そもそも、プリティ・チェイサーは駅裏商店街で『中央交差点の信号破壊』作戦に失敗したばかりで、たとえここで出会ったとしても私達が戦う理由は……え?」

 じゃあなんでこの娘はここに? という疑問の顔になり、

「だってダーリン、今日が復帰の初日だって聞いたから……」


      ※

 佐々木・彰示が目を覚ましたのは、いわゆる『テイルケイプ秘密兵器撃退作戦』が完了してから一週間後だった。

 四肢の欠損、内臓の破損、血液の大量流出など。

 生命の維持に必要な機能がことごとく破壊された状況にあったが、魔法的な治療を何重にも施され、肉体的には作戦前と同等まで回復。それでも目覚めるには七日を要した。

 覚醒後は病院でリハビリの毎日を過ごしていたが、ついに現場に復帰したのだ。

 彰示自身、退院自体はひどく嬉しく思ったが、もちろん懸念も大きかった。

 会社のこと、家族のこと、メディアのこと、世の中のこと。

 だけど、どれも『とりあえずは大丈夫』とのことだった。

 そして当然『とりあえず大丈夫』では済まないこともある。

 それは、

「ダーリン、帰ったら『紫色のお城』で『乱れて交わる』してくれるって言ったもん!」

 あの時の約束が。

 反古にするつもりだった約束が、死地を潜った自分と一緒に生還してしまったのだ。


      ※

「言ったもん! どんとこいって、言ったもん!」

 アイドルが、往来で、自分の権利を叫び訴えている。

 恐れていた事態だ。

 死地にて、彼女たちを鼓舞するための嘘が、履行を迫ってくる。それも、社会的地位や倫理観や主に性癖から、到底守ることはできない約束だ。

 だからとりあえず、言い逃れて、

「MUGUちゃん、あの約束は君がもっと大きくなってからにしないか?」

「やだやだやだやだやだ! 私は今が一番キレイなんだから!」

 アイドルは、まったく聞く耳を持ってくれない。

 そうこうしているうちに、取り巻いている野次馬たちが『約束を守っても守らなくても最低な野郎』を見る目になりつつある。

「ちょっと、MEGU! 突然現場から走りだしたかと思ったら、こういうこと!?」

 さらには夕暮れの小路から、アイドルにも劣らぬ煌びやかさをまとったエースの姿が。

「ジェントル・ササキ! 約束なら、私ともしたわよね!?  なんでもするって!」

 汗を拭いもせず、圧の高い視線で確かめる言葉は、ああ間違いなく取り交わした約束だ。

 そもそも、地獄へ一緒に抱えて落ちるつもりの約束だったが、

「まず、ウチに招待するわ! その上で……」

「え! グローリー・トパーズ、アンタも『魔法少女引退』するの!?」

「違うわ! お父様とお爺様に挨拶してもらいます!」

「えぇ? なにそれつまんない……アンタも一緒に『大人のお城』に行こうよ!」

「あなた、なんてことを言ってるのよ!」

 ライバル同士がヒートアップして、さらに野次馬の視線が鋭利になっていく。

『ササキさん、早く事態の収拾をお願いします』

 通信機に、感情の乏しいクールな声が指示を飛ばしてくる。

 ワンカップの蓋が空くような鋭い音が聞こえたが、いや勘繰りすぎだろう。

『組合長が心労から気絶するフェーズに突入しました。次のフェーズに移行すると、さらにややこしく……一時撤退しましょう。近くに私の家があるので今晩はそこに……』

 酔っ払いのオペレートは危ないから、通信機を切っておく。

「ダーリン!」

 と、それまで言いあっていた少女二人がこちらを見据えて、

「とりあえず『お城』に行ってから考えましょ」

 エース、君はそれでいいのか? 目の前の脳ピンクに騙されていないか?

「大丈夫大丈夫! ダーリンの『でりんじゃー』はサイネリア・ファニーから『まぐなむ』にしてもうから!」

 そこで、このフェーズに突入してから一言も発していない相棒の名前がでた。

 彼女ならば、と期待すれば、

「サイネリア・ファニー、二人に何とか言ってくれないか?」

 溢れんほどの胸の前で指を組む少女の姿に、

「私……は……」

 脳裏で極大の、きな臭い火花が散る。

「私、との約束は……覚えています、か……?」

 ……ああ、族とチェイスして崖から落ちた時と一緒だ。

 つまり、同じくらい、マズイ。

「わ、私だって、我慢してたんです……! 大怪我して、リハビリ頑張ってて、私はもう少しで引退だけど、あなたはまだまだ皆に必要とされているし……!」

 ああ、マズイ。

「私だって……私だって……」

 非常にマズイ。

「ササキさんと『ぐちゃぐちゃになりたい』です!」

 間違いなく、フェーズが一つ進行した。


      ※

 野次馬から『あのゴミ死なねぇかな』という鋭い視線を浴びながら、ササキは走る。

 あの少女達に捕まったが最後、なにかこう面倒なことになるに決まっているから。

 風と視線が冷たくなりつつある夕暮れ時の商店街に、息を急く。

 ちらりと振り返れば、三人の少女は、並んでこちらを追いかけており、

「コモンが一番高いのはグローリー・トパーズですから、私を引っ張ってください!」

「わかったわ! 射程に入ったらすぐさま靴からベルトからバラバラにするのよ!」

「任せてください! 今あの時と同じぐらいドキドキしていますから、一瞬です!」

「足止めは任せて! 興奮しているのはみんな一緒なんだから! 水流で一撃よ!」

 なんだ、と笑ってしまう。

 あの落ちこぼれと自らを貶めていた少女が、いまや全国区のトップランカーと対等の口をきいているじゃないか。

 能力的には、それは劣る。

 だけど、自分は大丈夫なんだと、自信を手に入れられたからだろう。

 もう、彼女は立派な魔法少女だ。

 自信に代えられる実績を手に入れ、誰もが、何より己がそれを認めている。

 彼女『綾冶・綾』が、『サイネリア・ファニー』が、そこに至れたことが嬉しい。

 自分『佐々木・彰示』が、『ジェントル・ササキ』が、その助けになれたことが嬉しい。

 だから思う。

 本所市を照らす、夕暮れの青みがかる日の明かりを追いかけながら。

 今、自分は、すごく充実しているんだな、と。

                                   了

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