3:限界
「バイタル停止!? どういうことです! それ、ササキさんが、ですか!?」
魔法使いの予期せぬ先行に、魔法少女たちも、ボートを使って現場へ急行していた。
その途中、通信機の向こうでわずかに聞こえた不穏な単語を、サイネリア・ファニーは聞き逃すことができず、
「本部! 今のは、どういう意味ですか!?」
感情的に、無線機の向こうを問い詰める。
しかし、確かな言葉は返らず、耳には緊迫したざわめきだけ。
わずか数秒であるが、胸のささくれは大きく割かれ、
『こちら、本部。大丈夫です、サイネリア・ファニー』
「大丈夫って……バイタル停止で、何が大丈夫なんですか!」
痛みをに堪えきれなくなって、冷静な担当オペレーターの声に、不安を爆発させてしまう。
「それって、死んじゃったってことですよね!?」
『落ち着いて。大きな損傷を負ったのは確かです。ですが、予備のスーツを装備転出装置で送ってありますし、それらに治療魔法を付与しています。実質的には無傷です』
嘘でしょ、とボートに同乗していたMEGUが真顔で呟く。
「それってやっぱり、ダーリンは死ぬのが前提だったってわけ?」
「MEGUさん……」
同乗する他のユニットメンバー二人は『アレは死んだ方が精神衛生上よろしいけど本気でそれを願うのはアレやね』みたいな顔だが、指摘できるほど余裕はない。
出発の時から湧き上がる不安や不信が、状況が動くごとに大きくなっている気がする。
相棒に、本当の意味で信頼をされていなかったのではないか。
彼との、一緒に立派になろうという約束は自分への慰めにすぎなかったのか。
黒々とした思いが、頭いっぱいに広がろうとしていく。
と、肩を力強くつかまれて振り返れば、不安げに目元を鋭くするMEGUの横顔。
「サイネリア・ファニー。急がないと、なんだか、ダーリンヤバい感じね……」
そうだ。
たとえこの、胸に渦巻くものが事実であったとしても、彼が命を失ってからでは確かめることすらできないだ。
年下の少女と確かに頷きあい、行く手を見据える。
目指すべき敵の姿は、今や陽光の下、明らかに捉えられるところまできていた。
※
一度『死』んだにしては、意外なほど意識がはっきりしていた。
消え飛んだ二本の足も、ツギハギだらけの甲板を力強く踏みしめている。
『大丈夫ですか、ジェントル・ササキ』
「すごいですね、魔法ってやつは」
金属の棒を握り直して、澪利と感動を分かち合おうとするも、
『頭のネジまでは治らないので、自分で捲くようにお願いします』
元無口クールジョークに、苦笑い。
『甲板上に動体あり。二時、十一時にそれぞれ二つと三つ』
敵か、と呟き、得物を構えなおす。
想定される戦力は先日のバイル中尉。こちらがあの時と同じなら勝ち目はなかった。
しかし、このアシストスーツがあり、なにより、
「俺の目的は、お前らを倒すことじゃないからな」
フルフェイスの下で笑うと『みっちり詰まった金属の棒』を振りかぶる。
包囲する『マレビト』たちは、ササキが見せた戦闘態勢に応じて腰を沈め、
「言っただろ、お前らを倒すわけじゃない!」
全身を弓として『みっちり詰まった金属の棒』を放つ。
瞬間で音速を突破、大気を切り裂く轟音、最後は壊れる音が撒き散らされる。
敵の誰もが、己の体が砕けたものと思い、しかし無事であることに呆然としていると、
『確認。主砲、大破です』
甲板上に据えられた、最大径の光学兵器に『みっちり詰まった金属の棒』が突き刺さる。
「いいか。俺の目的は、この船の解体であり、そのために後続の安全を確保すること」
しゃがみ込み、甲板を形成するツギハギ、大きめの金属板を引っぺがすと、
「お前らのネジというネジを破壊するのはその後だ!」
奴らは顔を見合せて、
『おいおいやばくね?』
『意味のない破壊活動じゃないか』
『あいつとセットの女神はどこだよ、話が違うぞ』
みたいなハンドサインを送りあっている。
『流石です、ササキさん。効果はテキメンですね。敵どころか、本部もヒいていますよ』
澪利の声は無口クールだから、いまいち今の言葉の意図はわからないが『なんだかバカにされているよう』に受け取れたので、手にした鉄板を握力で丸めて鉄球にすると、
「静ヶ原さん。俺は、本気で言ってますよ? 本部は口だけだと思っているでしょう?」
『流石です、ササキさん。組合とテイルケイプが、現時点からジェントル・ササキの警戒度を『誰かなんとかしてくれねぇかな』に引き上げました。初の快挙ですよ』
解せぬ、と首を傾げながら、副砲の一つに鉄球を投げつけて破壊した。
※
ジェントル・ササキの予期せぬ先行に始まった作戦は、開始から2時間が経過していた。
現在は十時。すでに、艦船型マレビトの上陸予想時刻であるが、組合員らの奮闘によりその遅延に成功している。
『解体率二十四パーセント、目標の五割まで半分。このペースだと、上陸を許しますよ』
「わかっています! だけど、もう、みんな疲れてて!」
本部から突きつけられる容赦ない数値に、皆が思わず荒い声を出してしまう。
実際、本所市の浜辺はすでに見える距離にまで近づいており、
「うっさい! 泣き言なんてあとよ! ダーリンが死んじゃってもいいの!?」
「いいから手を動かしなさい! あなたのギフトが、一番効果があるんだから!」
ライバル同士の十四歳が、コンビネーションでこちらを叱咤してくる。
二人とも、いや、魔法少女全員が、汗にまみれていた。
ボートを並走させ、時に飛び、時に海面を駆け、疲労の限界もごまかしようがないのだ。
同乗するMEGUが、強烈な水流を叩き込み、装甲のわずかな隙間を押し広げると、
「見えたわ、サイネリア・ファニー!」
鉄骨を固定するボルト群が春の日にさらされ、
「YUKIさん、お願いします!」
名を呼ばれた少女が背中からこちらを抱き、ギフトの力で宙へ飛びあがる。
「いやあ、私が一番重労働じゃありません?」
「す、すいません! すいません! 無駄に大きくてすいません!」
「……いやあ『胸部装甲』揺らされながら謝られるとか、沸くものがありますね」
サイネリア・ファニーのギフトは、影響距離が三メートルに満たない。
なので、YUKIの飛行能力によって接近し、ボルトを外していく作業となる。
『サイネリア・ファニー。KOTOさんの班も装甲板の撤去が終わりました』
「わ、わかりました! 終わり次第、むかいます!」
魔法を用いて、貢献する。
つい最近まで、自らのギフトを運用できずにいた少女にとっては夢のようだ。
……佐々木さんの、おかげですよね。
無用と思っていた力を、肯定してくれたこと。
何度も成功する事の喜びを教えてくれたこと。
約束をしてくれたこと。すごく勝手な約束を。
その人が、命をかけようとしている。まさに、命を燃やしている。
だけど、求められてとはいえ、燃え尽きてしまうことなど、自分には堪えられない。
「終わりました!」
ごとり、と重い音をたてて、鉄骨が落ちる。
連鎖であちこちが崩れるが、それでも、構造の破壊には至らない。
「YUKIさん、お願いしま……え?」
体は飛びあがり、しかし、耳の無線機から風切り音ではないノイズが混じる。
疑問から耳を澄ませば、遠くに怒号。本部内で、組合長と誰かが言いあっているようで、相手の声はよく聞こえない。
「いやあ、トラブルですかねー。聞こえないってことは、相手は通信機越しかな?」
思い浮かぶのは大切なあの人の顔で、
『聞こえているか!』
やはり、あの人の声。ひどく焦って、
『もうもたない! 総員、下がってくれ!』
胸騒ぎが走った。彼の口から『無理だ』とこぼれるのを、初めて聞いたから。
何事か、と逆光の中で目を細めて甲板縁を見上げれば、
「え?」
猛スピードの長く赤い何かが、空気摩擦熱で水蒸気を巻き上げながら横切っていく。
間違いなく、自分達が解体している鉄骨の一部だ。
そして、赤錆だらけの鉄骨の先端に張り付いていたのは、
「ササキさん!」
確かに自分の相棒の、幾本もの鉄筋に貫かれた姿だった。
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