2:あと一度、もう一度

 本作戦に参加する戦力は、魔法使いを含めて十人。

 現場観測用に、ヘリコプターが二機、地上観測が三組。

 これらの人員を活用するのに、本所支部の指令室では狭すぎた。

 そのため、急造の作戦本部を会議室に造り上げる必要があり、

「まだかね?」

 その作業は遅れを見せている。

 終了予定時刻は八時で現時刻は八時十分。

 作戦開始前には通信確立、信機や映像の確認が必要になる。状況に余裕はない。

 が、本所支部組合長である大瀑叉・龍号は、慌てることも急かすこともせず、ただ革張りの椅子に巨躯を沈めるだけ。

「頭領」

 目頭を押さえたところで、傍らから声をかけられる。

 見れば、私服のテラコッタ・レディの姿が。

「おお、桃子くん。どうしたんだね。今回は組合の作戦だから、大丈夫と伝えてあったろう」

「頭領と一緒ですよ。預かっている子たちを送りこんでおいて、自分は何もしない、なんてできませんから。お茶汲みぐらいは任せてください」

「はは、君のファンに聞かれたら、恨まれそうだな」

 遠くから、

「俺にもお茶汲んでくれたら大丈夫ですよ!」

「はは……組合内でも君の人気は高いなあ」

「なんでですかね?」

 そりゃまあ、と一人は『いつも苦労している姿』を、また一人は『幹部連中のツラ』を、残りの全員は『自分のとこのクレイジーサイコキラー』を思い出していた。

「なんだか私、不憫な子扱いじゃありません?」

「いやいや違う違うそうじゃないそうじゃなくて」

 まあ、それ以上的確な言葉も思いつかなかったので、全員が口を揃えた結果になった。

「……顔色、悪いですよ。ジェントル・ササキのことでしょう?」

 その通りだ。自分は、彼に、死ぬように望んでしまった。

 彼の『気質』を利用して、命を厭わぬ戦いを求めてしまった。

 人として、許されるのだろうか。

「頭領。きっと、頭領は勘違いしてますよ」

「……そうかね?」

 ええ、と筆頭幹部は微笑んで、慌ただしい会議室内を見渡す。

「自分が管理する若者を死地に送りこんでしまった、とそう思っているのでは?」

「どうだろうね。君の言う勘違いは、そのまま事実ではあるが」

「確かに、一番に厳しい現場を彼に任せました」

 肩をすくめて、己が正しいことを陰鬱に誇示するが、

「なら、同行している彼女たちや、バックアップする彼らは? なんのためにいるんですか」

 言葉が強く、

「彼の厳しいところを、少しでも引き受けるため、でしょう?」

 視線も強く。

「……確かに」

 確かに、勘違いだった。

 老人は、自責から閉じてしまっていた眉根を、ゆっくりと溶かしていく。

「通信確立! 映像、音声、きます!」

 作業していた面々が手を叩き、待機するオペレーターたちが自分の担当席に動き始める。

 モニターには、浜辺で待機する魔法少女らや、波が高まりつつある海の様子が。

 責任者の龍号は息をひとつ。部下の言葉を噛みしめながら、状況を進め、

「各装備に異常はないか確かめ……」

『こちら、ジェントル・ササキ担当の静ヶ原です。応答を』

 感情のない声に遮られる。

「こちら本部。通信が確立したばかりで、準備がまだだ。緊急でなければ後にしてくれ」

 要望はしかし、

『緊急です。映像は届いていませんか?』

 言われて、その場の全員が複数あるモニターに目を配れば、その一つ。

 水面を映していると思われた画面に、水を切ってゴムボートが疾走していた。

 全員が『え?』と口を揃えたところで、

『ジェントル・ササキが接敵します』

 抑揚はないが苦みの混じる声音に、不本意を見てとる。

 彼女も彼を止めることができず、つまりたった一人、己の判断だけで走りだし、

「桃子君の言う通りだ。厳しいところを『誇張無く全て』引き受けるつもりでいるんだ」

 苦く奥歯を噛みしめ、状況が開始されたことを、全員に宣言した。


      ※

 波を切り、風を切る。

 夏にはまだ遠い、海の上だ。今回用意されたフルフェイスマスクでなければ、冷たさに頬を締めていたところだろう。

『ササキさん』

 マスクに装備された無線機に、自分の担当となった通信士の声が届く。

『先行している件で、本部が直接通信したいと要求していますが』

「静ヶ原さん、保留と回答してください。最初の接触までは、掣肘されたくない」

『……止められるようなことをする、という宣言ですか?』

 声を出さず、口元だけで笑う。

 ああ、やはり頭は良い人だ。不憫なせいで『頭がおかしく』なっているが、優秀なのだ。

「危険があれば、すぐに退避してくださいね」

『ヘリのパイロットは、普通の人間です。私が何を言おうと、退避するでしょうから』

「静ヶ原さんは?」

『回答は以上です。そこで問い返すところが、ササキさんの欠点ですよ』

 厳しいな、と、今度は声をあげて笑う。

 すると、波間に巨大な影が見えて、

『接触まで、おおよそ一分。目標が持つ『砲』の射程は不明ですので、実質は三〇秒以下と思ってください』

 了解と声を返し、左手に得物を握り直す。

 それは金属でできた棒。

 普段振り回している鉄パイプより太く、中身がぎっしりな代物だ。特殊な加工方法を用いて作り出した合金らしく、材質の説明を受けたが『やたら硬くて重い』という部分しか理解できなかった。

 組合がこれを用意してくれた時に『くれぐれも常識の範囲で運用する』ように念を押されたが、ははまさか非常識な使い方なんかするわけないじゃないですか、これでも社会人十年目の三十歳ですよ? 常識で考えて『武装は敵を殴りつける』以外に用いるわけがない、いったい組合は何を心配しているのか。

『目標、射撃開始!』

 艦船の形をした相手は、幾つもの砲門を構えその口が光を打ち放ってきた。

 陸を海に呑まれた海洋世界においては、砲弾の必要な質量兵器は資源の関係から運用が難しいのだろう。

 大気減衰を加味してもエネルギー兵器が主な兵器であり、

「それならば、状況はこちらの味方だ!」

 ボートをスラロームさせ、波しぶきを派手に撒き散らし、放たれる光線への障壁とする。

 波に呑まれる光は、しかし幾条か突き抜け、ササキの体を打ちつけて、

「春風みたいなものだ!」

 無傷。熱量から多少の焦げ付きはあるものの、煙をあげる程度。

『ボートへの命中だけ気を付けてください』

「大丈夫。もう、その必要もなくなりました」

 担当の疑問を置き去りに、魔法使いは全力で膝にバネを溜め、

「行きます! 本部に、換え衣装の要請を!」

『何をする気ですか?』

 飛びあがった。

 アシストスーツで能力を数倍に引き上げられた魔法使いの体は、一直線に、まるで矢のごとく、巨大艦船の艦橋部に狙いを定める。

 魔法使いジェントル・ササキの役割は、まずは敵の意識をこちらに誘引すること。

 ゆえに、選んだ手段が、

「まず、全力の一撃を入れて、こちらを意識させます!」

 それは、

『目標、最大径の砲門を開放、主砲です。回避、不能!』

 巨大な光条が、迫り、この身を突き抜ける。

 だが、己の勢いは死んでいない。

「あああああああああああああああああああああああ!」

 振りあげた得物を、ここまでの運動エネルギーを加えて振り下ろす。

 艦橋の一部が砕け弾け、船体が転覆しかねないほどに大きく傾ぐ。

 とんでもない破壊行為であるが、耳鳴りがひどくて何も聞こえない。

 ただ、推力を失い落ちる最中、耳元の通信だけは明朗に鼓膜を揺らして、

『バイタル停止! 腰より下が消失しています! 本部、すぐに衣装を!』

 だから、ササキは満足に頷く。

 死を厭わぬ一撃を、確かめることができたことに。

 また、あと一度、この一撃を撃ち込めることができる安心に。

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