第六章:大丈夫、きっと

1:覚悟

 いわゆる『悪の秘密結社本部襲撃事件』終息より八日後に、状況は始まった。

 未明、『秘密結社による作戦行動があることを通達されていた』海上保安庁が本所市沖に巨大な正体不明の船舶を確認し、特殊自警活動互助組合本所支部に通達。組合は即座に敵性マレビトと判断し、その正体を秘匿したまま対応を引き継いだ。

 航行速度から算出された予定上陸時刻は、同日十時。

 連絡を受けた組合は、午前六時には全職員、及び稼働できる全組合員が集合し、ミーティングを開始した。

 組合長である大瀑叉・龍号の調査によって、『強力な単騎による揚陸』が目標であることは把握することができていた。一部組合員が懸念していた、飽和戦力による浸透行動については、『海の世界』における人員、物資の希少さから不可能であることと、過去の侵攻のほぼ全てにおいて同作戦を採っていたことから、事前に払拭されている。

 そのため組合側は戦力を一極投入が可能であったのだが、人員や予算の少なさなどから、そもそもの頭数を揃えることができない。

 であるから防衛側も『強力な単騎による遅滞』作戦を取らざるをえないのである。


      ※

 具体的には、水際で単騎が遅滞戦闘を行っているうちに、残りの戦力が艦船型の『マレビト』を分解していく、というものである。

『だから、佐々木くん。ミーティングでは、彼女たちのメンタル問題もあるからぼかしていたが、君の役割は『一秒でも長く生き続ける』ことだ』

「組合長。本人にぼかす必要はないでしょう? 正確に頼みます。覚悟が鈍ってしまう」

 佐々木・彰示は組合の控室で、テイルケイプの協力によって製作された『ジェントル・ササキ専用アシストアーマー』を着心地を確かめていた。動きに阻害ないよう極小面積であるが装甲をそなえており、物々しいシルエットだ。

 しっかりとしたヘッドギアに取り付けられた通信機に応えて、

「相手にこちらを戦力と認識させ続けて『一秒でも遅く死ぬ』ことだって」

『……慰めになるかわからないが、本部から分捕ってきた『装備転出装置』に予備の装備を用意してあるし、それらに『治療魔法』を施してある。

 だから、その……一度は『死ぬ』ことが許される』

「だから、組合長。勝ちたい……いや『守りたい』のであれば、言葉を選んでください」

 つまりは『二度死ぬ』ことができる。彰示にとって、数えられる戦力の一つ。

 通信機からかけられる言葉は、後ろめたさからか、ひどく固い。

 対して、彰示の声は普段通りだ。

「なにも、変わりはしませんよ。街の平和を守る。俺の望みはそれだけですから」

『……すまんが、頼む』

「その、すまん、がなければ、了承しますけど」

『……すまん』

 悪いとは思ったが、噴き出してしまった。

 自責から、少なくとも謝罪を取り消すことはできない、という意思表示だ。

「わかりました。任せておいてください」

 であれば、気持よく請け負おうではないか。

 もとよりこの『昏い推測』は、早いうちに立てていたのだから。

「それじゃあ、事前の話のとおり、先行します」

『……彼女たちに挨拶は、いいのかい?』

「あの子たちなら大丈夫ですよ、きっと。あとは」

 気遣いは嬉しいが、覚悟を定めた魔法使いには愚問である。

 深く微笑んで、

「遺書は、机の中にありますから」


      ※

 組合前に面々が集合するなか、

「ササキさんはいない? 大丈夫って、何がです?」

 神妙な組合長の言葉に、綾冶・文は目を丸くするしかなかった。

 すでに、衣装も装備も段取りも整えて、あとは出発という状況だ。

 その作戦の要である魔法使いが、自分の相棒が、この場にいない。

「彼は単独で先行した。作戦開始時のポジションが、君たちより前になるからだ」

「頭領! ダーリンが先行なんて、ミーティングじゃ言ってなかったじゃない!」

 本作戦に極秘に参加している、MEGUが不審に近い不満を表にする。

 ユニットメンバー二人が宥めに入り、

「いやあ、MEGUちゃん。『あの人』は作戦の要だから、集中したいと思うんだよね」

「やだやだやだ! 頑張っての『チュー』したいの! したいの! したいうっ……!」

 YUKIの肘あたりが回り、MEGUの体が跳ねて力なく崩れ落ちる。なにが起きたのかは、YUKIの体が邪魔でよく見えないが。よく、見えないが。

「できれば『あの人』とは顔は合わせたくないぞ……YUKIちゃんの着替えが必要になっちゃう……YUKIちゃん、そのグーは!? そのグーで何をする気なんうっ……!」

 MEGUに並んでKOTOが横たわることで『口封じは』は成功したらしい。何が起きたのか、よく見えなかったが。よく、見えなかったが。

「にぎやかなのはいいけれど、そろそろ出発しないといけないんじゃない?」

 喧噪のなか、冷静な指摘をするのは、グローリー・トパーズだった。

「ジェントル・ササキ以外は、全員揃っているんでしょう?」

 組合前にはマイクバスが用意され、魔法少女たちが順次乗り込んでいる。

 参加する彼女たちは九名。組合が出せる現戦力に、プリティ・チェイサーを加えた数。全員が、共同作戦の意味を正しく教えられる資格を持っていた者たちだ。

 ジェントル・ササキの『ギフト』を踏まえた構成である。

 出発とは言うけれど、文は納得できずに足を動かせずにおり、

「行きましょ、サイネリア・ファニー。遅れちゃうわ」

 組合のエースに、強引に腕を引かれた。

 珍しく表情の固い組合長に胸騒ぎを覚えながらも、バスのタラップに足をかけると、

「組合は、ジェントル・ササキに死んでもらうことにしたみたいね」

「……え?」

 彼女の唐突な言葉の何が驚きかといえば、ここまでの全てに納得がいってしまったこと。

 ミーティング中の、組合長の表情に、やたら静かな相棒の姿。

 矢面に立つべき前線を、単独で任されたこと。

 彼にだけ与えられた、テイルケイプの最新装備。

 そして、挨拶もなく、一人先行していったこと。

「そんな……!」

 そんなこと、嫌だ。ダメだ。

「わかっているから、落ち着きなさい。第一、組合長も悩んでいるでしょ」

「だからって……!」

「そうよ。だからって、認められるわけがない」

 少女は、拳を握り、歯を食いしばっている。

 そこまでの怒りを、文は『なぜだろう』と疑問するが、

「私はね、あの人に助けられたから。恩返し、しないといけないの。わかるわよね」

 それは、エースの矜持を含めた、入り組んだ心情なのであろう。

 小さく、しかし込めるものは深く頷き返すと、

「頑張りましょう。私たちが素早く目標を分解してしまえば、いいことなんだから」

「……はい! 頑張りましょう!」

「それで、帰ってきたら一発ぶん殴ってやらなきゃ」

 エースが心情的にも味方であることは、頼もしく、そして心強い。

 このことは、彼を『ダーリン』と慕うMEGUにも伝えるべきだろう。

 仲間の手によって石畳を引きずられている彼女が、目を覚ました後になるだろうが。

 ただ、胸に引っかかるものがある。

 ……どうして、私に一言もなかったんですか。

 一緒に『立派』な魔法使い、そして魔法少女を目指そうと、約束したではないか。

 自分は『正しく』『立派』になっていると、そう言ってくれたではないか。

 あの人を、疑いたくなんかない。

 だけれども、どうしても、不安と不信が首をもたげて仕方がなかった。


      ※

 防砂のために植えられた、深い松林。

「懐かしい匂いだ」

 開け放った車の窓に入りこむ、潮と新緑、腐葉土が混じりあった空気は、湿って重い。

 ササキは、嗅ぎ慣れた侵入者に笑いながら、浜辺に向かう最後のカーブに差しかかる。

 緩やかなラインを曲がると、道路端のガードレールに腰をもたれさせる小さな人影が。

「静ヶ原さん?」

 静ヶ原・澪利が、表情の乏しい瞳を向けていた。

 思いもしなかった姿に車を止めると、有無を言わさず助手席に滑り込んできた。

「遅いですよ、ササキさん」

 律儀にシートベルトを締める少女のような二十六歳は、こちらの疑問の視線に、

「現場観測要員で志願しました。県組合がヘリコプターを出してくれまして、同乗します」

「同乗って……危ないでしょう」

「これでも元は全国区のエースです。いざという時の戦闘も期待してください」

 わかりますか、と、いつも無表情で震えながらワンカップを煽る彼女が、真剣な目で、

「あなたを止めるために、です」

 彼女は察していた。

 組合が、ジェントル・ササキを『決死の戦力』とみなしたことを。

 ジェントル・ササキが、それを『良し』としたことを。

 返す言葉を見つけられず、車は走り出す。

「ササキさん」

 訴えるように袖が掴まれて、

「ササキさん!」

 縋るように引かれる。

「……心配は無用です。生きて帰るつもりですから」

「嘘です。ササキさんは、必要なら平気で嘘をつく人だって、知っています」

 袖を引く手が、両手に。

 けれども、車は止められない。仕方ない、と彰示は吐息。

 彼女の業務に支障を出さないためにも、納得できる言葉を作らなければ。

「静ヶ原さんが言うように『死ぬ覚悟』はできています。だけど、俺は、この現場で死ぬことは許されない。そうでしょう?」

 足止めの壁であり、

「俺が死ぬと、俺の『ギフト』がなくなってしまうんですから」

 主戦力である少女たちの支えであるのだから。

 澪利は、騙されることを選んでくれたようで、しぶしぶと頷き、

「だけど、なら、せめて」

 不意に、指の間に冷たいものが滑り込んできた。手と手が、指を絡めて握りあう。

「少しだけ、こうさせてください」

 それで納得してくれるなら、と、仮面越しに微笑めば、視界が一気にひらける。

 防砂林が途切れ、人気のない春の穏やかな日本海が広がった。

 そして、霞む海の向こう。

 敵である巨影を確かめる。

 胸の『覚悟』をも、確かめながら。

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