4:『良かった』
一連の騒動が決着したのは完全に日が暮れてしまったあとだった。
今日も組合の当番であるから、彰示は文とともに、時間まで組合に戻る必要がある。
少女に車の鍵を預けると、夕飯をどうしようか考えながら、自販機の前に。
自分の缶コーヒーと、相棒の紅茶を買えば、
「ジェントル・ササキ」
「……マスクを着けていないときは、佐々木で構いませんよ、テラコッタ・レディ」
「私もこの恰好の時は、大村でいいわよ。というか、作戦名は勘弁して」
肩をすくめる最高幹部に、彰示は笑いながら冷えた缶コーヒーを手渡す。
すでに側頭部を一撃した一件は謝罪をして、和解している。というよりも、大して怒ってはおらず、逆にMEGUらにした『魔法少女廃業アタック宣言』のほうをしこたま怒られた。
「ありがと……さっき話した通り、テイルケイプは人員と装備の協力ができるわ。うちのスポンサーのところで採寸を取るから、都合の良い日を教えてちょうだい」
「ありがたい話ですけど……構わないんですか?」
テイルケイプはスポンサーから繊維型のパワーアシスト技術を提供されているが、先方の意向をよそに自分が利用しても良いのだろうかと首を傾げれば、
「タイミングが良かったのよ。あいつら『魔法少女用の装備を実験したい』ってうるさくて」
「そういえば、プリティ・チェイサーの衣装は普通のものでしたね」
「彼女らに着せると『グローリー・トパーズとの戦力差』が大きくなりすぎてね」
それに、と言葉を足して、
「魔法少女がパワーアシストを有効利用しようとすると、危険があるし」
「なるほど。素の値が高いから、アシスト率も高くしないと衣装側が負けてしまうのか」
「ほぼ大丈夫、とはいえ、さすがにお借りしている子には、ねえ」
それはそうだ。
「いや、本当に助かります」
私服姿の最高幹部は「普段の無法っぷりが嘘みたい」と笑って、別れのために手を挙げる。
急だなあ、と思って手を挙げ返せば、彼女が急ぐ理由を奥の街灯に見つけた。
綾冶・文だ。
所在なさげに指を組んで、こちらの話が終わるのを待っていたのだ。
大村がすれ違いざまにその肩を叩けば、頷いて駆け寄り、
「組合とテイルケイプが『ほぼ同じ組織』だなんて、私たちどうなるんですか?」
うかがうような上目遣いで、
「私たちは『立派』になれるんですか?」
胸の不安を、大きく吐き出してきた。
※
少女は、自分の『善い行い』を疑うことなどなかったのだろう。
善いことを積み重ねて『立派』になれると信じていたのだろう。
「それは本当に『正しい事』だったんでしょうか?」
だけれども、組合と秘密結社の、本当の関係を知ってしまった。信じて行ってきた活動の半分が、コントロールされたマッチポンプであることに。
不信は、己自身の積み重ねや正当性にまで及んでいる。
彰示は、そんな彼女の胸でうねる不安と疑いを、微笑みで受け止めてみせた。
良かった、と魔法使いは胸をなでおろす。
実のところ、今この状況は八割がた予想していたものだ。
テイルケイプの本拠地に組合長が居たことも、相棒が悩んでいることも。
「サイネリア・ファニーがしてきたことは『善い行い』に違いないだろう? 『立派』になるために、頑張ってきたことだろう?」
「……ですけど、その前提になるものが『違って』いたんですよ?」
予想通りだったから『良かった』。
この子を連れてきて『良かった』。
不安を、一度に拭い去ってやれる。
「違っていたら、君を助け『約束』した人は『間違って』いるのかい?」
「そんなことはありません! あの人は、立派な魔法少女でした!」
彼女の思い出に踏み込んで、否定を引き出して、
「なら、そんな人と『約束した君』も間違ってなんかいない」
強く言い切って、少女の両肩に手を置くと、
「サイネリア・ファニー……いや『綾冶・文』は『正しく』『立派』になっている。誰が何を言おうと、俺が間違いないと言い切ってやるさ」
本心を大きく吐き出してみせた。
眼鏡越しの瞳は、驚きに大きく見開かれて、
「だから、大丈夫だよ」
手の中で、肩が小さく震える。
震えは大きくなっていって、
「あ、ありが……とうご、ございまっ……私、あの……ごめっ……なさい……」
溢れた涙を隠すように、顔ごと手の平で覆ってしまった。
彰示は『良かった』と安堵する。
彼女の不安を取り除くことはできた。
「ああ、大丈夫だよ」
見上げれば、街灯の明かりに負けないほどの、月明かり。満ちる様子から、満月に近い。
やり遂げた魔法使いの目元は、しかし、厳しい。
……きっと、こんな機会はこれで最後だから。
組合長の急ぎすぎにも思える今日の動き。
組合における、魔法使いの稼働率の低さ。
自分にだけ供出される、テイルケイプの最新装備。
これらから、一つの『昏い推測』を得ていた。
しかし、何が起ころうと街の平和を守ることが『自分が立派な魔法使い』になる道程。
……彼女を『立派な魔法少女』にしてやるためにも、ね。
静かに、そして固く、魔法使いは胸に誓った。
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