3:組合と老舗の秘密結社

 階段を降りながら、抗議はした。身ぶり手ぶりで、必死に。

「なら、次からは有無を言わさず『ストライク』するから、許してくれ」

 しかし相棒は、前屈みになりながら物騒な謝罪を表明するから、さらに抗議を重ねれば、

「あやや、やめたげて! ダーリンの腰はもう『ここは任せて先にいけ』なの!」

 ピンク色に気の違ったアイドルが、俯角を狭くする魔法使いをかばうから『後できちんと話し合う』ことを約束して終えることとした。

 ちょうど階段が途切れ、MEGUが会議室へと案内を進める。

 小さいながら自信の溢れる背中を追いながら、文は問う。

「佐々木さんの言っていた、テイルケイプとの『本当の関係』ってどういうことですか?」

「今のところ、ただの憶測だよ。ただ、組合長の態度から、何かあるのは間違いない」

 昨晩のバイル中尉との戦闘から、佐々木の持つ疑念は大きくなっていたようだ。文自身ですら、テイルケイプ幹部の保護という活動には疑問を抱いたのだから、当然だろう。

「現状で見えるのは、二つの組織が共生関係にある敵同士ということ。けれども、おそらくはもっと深い関係にあると思う」

 組合の立ち上げ時期と、秘密結社の出現時期が重なっていること。

 組合が、表向きはテイルケイプの所在地を把握していないこと。

 テイルケイプ頭領が、外様とはいえ幹部の一部に対し、正体が秘匿されていること。

「確かに……それだけ並ぶと、怪しく見えてきますね」

「それを、確かめられるといいんだけどね。最悪、人員と装備を接収できれば御の字さ」

 ポリ袋をがさりと鳴らしながら肩越しに振り返る姿は、頼もしいやら恐ろしいやら。

 しかし、文は新たな疑問を抱く。

「どうして、私を連れてきたんですか?」


      ※

 正直、戦闘を前提としていたなら、装備を持たない自分を同行させる理由がない。

 卑屈な問いかけだな、と自分でも笑ってしまうが、理由は知っておきたい。

 たとえ、相棒としての義務感とか、憐憫とか、そういうことだったとしても。

 ジェントル・ササキが再び肩越しに振り返って、

「どうしてって『立派な魔法少女』になるんでしょ?」

 当然とでも言いたげな、しかし己には思わぬ言葉に、足が止まってしまう。

 こちらの動揺を見て、相棒も立ち止まり、向き直ると、

「いま、俺はマレビトの撃退のために動いている。この街を守るためだ。君とした『立派な魔法使いになる』という約束を守るためにもね」

 ああ、約束をした。本所大橋の崩れそうな足場の上で、確かに。

「……私も『立派な魔法少女』になれますか? 昔に約束した『あの人』のように」

「なれるさ。そのために、マレビトをどうにかするためにこうしているんだ」

 肯定の言葉が素直に嬉しい。

 加えて『約束』を口に出して確かめることができることも。

 約束を守るための道程が見えたことも。

 彼がこちらの勝手な都合を考えていてくれたことも。

 嬉しすぎて崩れそうな口元を隠そうと、少しだけ俯けば、

「頼りにしているよ。いざとなったら全員を『ストライク』しなきゃいけないんだから」

 少女の俯き具合は深くなってしまった。


      ※

 先行するMEGUの手招きに応じて、二人は忍び足で近づいた。

 彼女がさすのは、『会議室』の表札。中からは人の声が二つ。

「片方はテラコッタ姐さんだから、もう一人は頭領のはず」

 ここから先は自分の役割であると主張するように、ササキがノブに手をかけた。

 文は、後ろから見守るように覗き込む。MEGUが自分に並んで背伸びをしているが、おそらく頭領の正体への好奇心からだろう。

 相棒が、ドアを重く押し開ける。

 いつからか中からの声はなくなって、故に、

「やっぱり、あなたでしたか」

 ササキの静かな納得が、廊下に響きわたった。

 文もその姿を見るに、しかし彼のように冷静ではいられず、

「どうして……どうして、あなたがここにいるんですか!?」

 眼鏡がずれるのもいとわず、相棒の肩を押しのけて部屋へ飛び込めば、

「組合長!」

 特殊自警活動互助組合本所支部長、大瀑沙・龍号が、座して待ち構えていた。

 覚悟に染まる微笑みを見せて。


      ※

 特殊自警活動互助組合は、戦後すぐ、米国の占領政策下で誕生された自治団体である。

 戦前は軍事機関で、主に『異能を持つことを認められた三十歳以上の成人男性』をスカウトし訓練する『マレビト』に対抗するための組織であった。しかし敗戦により『戦闘が可能な組織』として解体、民間の、それも『年若い少女たち』を中心とした個人活動を補助する『業界組合』という形に至る。

 ただし、国の庇護から離れたゆえの問題が生じた。

 運転資金である。

 全国に広がる組合自体の維持費、所属する組合員への報償、訓練や技術開発の費用……必要な経費は膨大になる。

 国の補助はあるが組織規模から見れば雀の涙。対策を迫られることとなり、そのため行政主導で『悪の秘密結社』が生みだされた、という経緯がある。

 管理された戦闘による『訓練』と、新技術の『実地試験とPR』の舞台として、魔法少女と呼ばれる彼女たちの『戦場』は存在するのだ。

 組合側は訓練費用や技術開発の費用を心配することなく、秘密結社側は技術提供を受けている企業をスポンサーとして資金の獲得を行っている。

 つまり、各地にあるいわゆる『老舗の秘密結社』と組合は、互いに日本国の制御下にある組織であり、『利害関係を一緒にする』程度ではなく『同一の組織』に限りなく近いのだ。

 

      ※

「それって……つまり、組合長がテイルケイプの頭領ということですか!?」

 少女は、驚きと疑いから声を上ずらせ思わず、制服に押しつぶされた胸の前で指を組む。

 こちらの狼狽をほぐそうとしてか、老人は微笑み、

「トップが兼任というのは珍しいんだが、人手不足が深刻でね」

 綾冶・文にとって組合の存在は、絶対の正義であった。警察に対する認識と同じだ。

 秘密結社と共生関係にある事実は察してはいたが、彼らの活動を抑止するために動いていたし、事故災害などへの対応も『善い行い』であったはず。

 自分には目標がある。あの日に約束して、いまさっき相棒と確認したばかりである『立派な魔法少女になる』という目標が。

 しかし、組合と秘密結社が同じ存在であるというのなら、目指すべき『立派な魔法少女』とは、何者になるのか。

 ……正しい者なのですか?

 疑問が、幾重の波となって少女の震える心を打ちつけていた。

 俯いてしまったこちらの気持ちを悟ったか、老人は説きでもするように語りかけて、

「気持ちはわかるが迷うことはないよ。君の、いや、君たち魔法少女の行いは、正しいことなのだから。街を守り、人を助ける。何一つ、誤りなどない」

 だけど少女は、不安の岸から飛び上がることができず、

「さ、ササキさん! ササキさんも、立派な魔法使いを目指すんですよね!?」

 約束を交わした彼へ、すがりつくような声で救いを求めた。

 思考過程や倫理観は『アレ』だが、いまの文にとって一番に信頼できる大人だから。

 揺れる少女の声に、だが、

「……ササキさん?」

 彼が応えることはなく、少女の胸はざわめく。

 ……もしかして、あの人も自分と同じように、ショックを受けているんですか?

 伏せていた目を上げて、背後に立つはずの相棒へと振り返れば、

「……え?」

 そこには開け放たれた会議室のドアのみ。佐々木だけでなく、MEGUの姿もない。

 疑問に不安を掻き立てられて、室内を見渡せば、

「テラコッタ・レディさん?」

 机の向こう側で、頭に包帯を巻いた私服姿の女幹部が仁王立ちして、その足元に、

「……ササキさん?」

 頼れる相棒が土下座していて、

「姐さん! ダーリンも悪気があって『不意打ちから側頭部一撃』したわけじゃないの!」

 彼をかばうようにMEGUが寄り添うという、ちょっとわからない光景があった。

「ダーリンはただ立派な魔法使いになるために『死なないからいいだろ』気分だったの!」

「その説明で一番怖いのは、あなたが納得しているところよね」

「わかった! 私のこめかみもダーリンに『ストライク』してもらうから!」

「恐怖がね、また一回り大きくなったわ。意味がね、ちょっとわからなくて」

「だって姐さん! 私がダーリンにできることなんて、これくらいしか……!」

「いや、なんで『ごうかんせんげん』した相手をかばってるの? ダーリンってなに?」

 眼前で繰りひろげられる『あれ』を見ていると、世界はなんだかだいたい不条理でできていて、自分の身に降りかかっている『これ』なんかかわいいものなんだな、って。

 震える胸に打ちつけていた荒れ狂う高波は、頭がおかしい陽光のおかげで、海の水ごと消し飛ばされてしまった。

 自身への不安が『あの人たち』への恐怖に上塗りされただけだが。

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