2:思っていたのと違う
「後先考えないで発言するから、こんな目に合うんですよ、ササキさん」
ひとしきり腹を殴り終えた野次馬たちが満足げに立ち去るなか、サイネリア・ファニーは呆れた口ぶりで吊るされたパートナーの救護に当たっていた。
「あー……サイネリア・ファニー」
「……なんですか?」
「今日は、なんだか辛辣じゃないかな?」
「知りません」
そうだ。自分はいつもと変わりないし、怒ってなんかいない。
ちょっと前に『頑張ろう』と言ってくれたばかりなのに、なんか勝手に他の魔法少女のヘルプに出て、挙句テイルケイプの幹部に向かって『自身の引退を賭けた一撃必殺宣言』を叫んだりしていたって、自分は怒ってなんかない。
ただ、やけに心がもやもやしてしまって、
「じゃあ、行こうか」
立ちあがった彼に柔らかく手を取られれば、胸がドキドキしてしまう。
ジェントル・ササキのギフト『処女殺し』については、ついさっき、組合長から本人と一緒に詳しい説明を受けている。
だから『このドキドキ』は、佐々木のギフトのせいだと言うのだ。
まずは『そうなのか』と納得を得て、だけれど、それでは自分の『気持ち』が否定されてしまったように思ってしまって。
だから、なんだか、もやもやしている。
「行かないかい? パトロールは、まだ途中だよ」
は、と手を握られたまま路上に座り込んでいる自分に気がつき、
「すいません! はい、大丈夫です!」
ポリ袋越しに微笑まれたのがわかって、またドキドキしてしまう。
しっかりしなきゃ、と喝を入れて足に力を入れた。
夜の繁華街は、平日にも関わらず人々の喧騒に溢れている。多くが下世話ながら明るく輝いて、未成年のサイネリア・ファニーには理解しがたいながらも、平和である証明に思える。
ときおり『ひぃ! ジェントル・ササキだ!』や『ジェントル・ササキだ! 吊るせ!』や『女子供は隠れろ!』などと聞こえてくる街は……まあ、おおむね平和だ。
そんな騒がしさの波を、こちらの歩調に合わせてくれる相棒と並んで歩いていると、
「ありがとう」
逆に、感謝の言葉を聞かされてしまった。
なにがですか? と、口にするよりも早く、魔法使いは言葉を重ねて、
「なるべく顔に出さないつもりだったんだけどね。やっぱり、ショックだったんだ。
ギフトが、さ。思っていたのと違ってさ」
思いがけない弱音を吐かれてしまった。
※
ジェントル・ササキは、ついさっき説明を受けた自分のギフト『処女殺し』について、延々と思索を巡らせていたのだが、
……どうにも、上手い運用が思いつかないんだよなあ。
どうすれば『半径一キロ内の処女を見境なく興奮』させる力を、活用できるのか。
わかりやすい扱い方は『魔法少女』の能力向上させることなのだが、当然裏目もある。
……もしかしたら、今日のプリティ・チェイサーとの戦闘も、俺がいなければグローリー・トパーズが勝っていたのかもしれないな。
やるせなさが手足に沁みてしまう。
そんな沈んだ空気を、相棒の少女に咎められた。
「さっきから考え込んで。俺のギフトについて、でしょ?」
「え!? あ、はい、そう、なんですけど……その……」
彼女の歯切れの悪さは、こちらの落ち度の大きさだ。
「正直、期待していたんだ。俺が使える『魔法』ってのは、どんなのだろうって」
「あの、それは、当然そうですよね」
「別に、水を出したり、電気を出したりできなくたっていい。君のような念動力でなくたって良かったんだけどね。
まさか、ここまで外向きな影響力のない力だなんて」
息をついて、ネオンに狭められた夜の空を見上げた。
浮かぶ月は、まるで今の自分のように、身を小さくしてビル群の間を泳いでいる。
「ちょっと、あては外れちゃった。こんなギフトじゃあ……」
「やめてください、ササキさん!」
珍しく、少女から鋭い声が飛ぶ。彼女のこんな声は『何かを強く殴った時に俺の名前を悲鳴まじりに叫ぶ』時以外に、聞いたことがない。
視線を落として向かいあえば、
「私は! ササキさんのギフトに感謝しているんです!」
少女は、必死にかぶりを振っていた。
※
「年齢的に成長が望めない私の能力が、ササキさんのおかげで上がっているんです!」
今は本心を語るフェイズなので、最初に聞いた時に『物理的な被害者が出る心配はなさそう』という第一印象を伝える必要はないはずだ。
それはともかく、まさか、ササキがそんな悩みを抱いていたなんと思いもしなかった。
まるで、かつての自分が抱いていた、どうしようもない袋小路だ。
だけれども。
いま、自分は、その行き止まりを脱している。
他ならぬ、彼のおかげで。
「あの晩、本所大橋の事故救助に出向いた夜から、私は自分に期待できているんです!」
魔法少女としてギリギリで実績も不足している自分が、いま、こうして顔を上げていられるのは、間違いなくあの夜の出来事のお陰なのだから。
「私は! 私は感謝しているんです! だから、そんなこと言わないでください!」
いや、そうじゃない。自分が言うべきは、そんな言葉じゃない。
彼の気持ちを、気落ちを、痛いほど知れる自分だからこそわかるはずなのだ。
「胸を、張ってください。ササキさんのギフトは、凄いものなんですから」
なんていったって、
「こんな私でも、胸を張ることができるようになれるくらい」
思いを少しでも伝えるべく、猫背を張って背筋を伸ばし、ポリ袋の目穴を見据える。
見上げる先の彼の瞳は、徐々に低くなっていき、
「な、なんで前屈みになるんですか!?」
「説明を求めるのかい、サイネリア・ファニー。具体的には、衣装が小さいのを猫背で誤魔化していた胸部が背筋を伸ばすことによってパンパンつまりおっぱ……」
「いいです! 具体的にはいいです! ほら、ササキさん行きますよ!」
集まってきた『前屈み』な野次馬たちから逃れて、今度が自分は彼の手を引いて走る。
アスファルトを音軽く蹴りながら、
「ありがとう、サイネリア・ファニー」
相棒がもう一度、しかし先ほどまでとは違うニュアンスの感謝をくれた。
嬉しさに、胸を弾ませて応えようと振り返れば、
『こちら、本所支部管制。聞こえますか、サイネリア・ファニー、ジェントル・ササキ』
突然な無感情な声に腰を折られてしまった。
勢いが削がれて立ち止まり、不満げながら耳元の小型通信機を操作。
「サイネリア・ファニーです。どうしたました、静ヶ原さん?」
『その付近で、市民からプリティ・チェイサーのMEGUの目撃情報が入りました』
「え? 衣装のままですか? 」
悪の秘密結社とはいえ、未成年を深夜労働させたなら、労働基準監督署がすっ飛んでくるご時世だ。
『はい。なのですぐに見つかると思いますが、見つけ次第……』
「いたいた!」
澪利の言葉を遮って、頭上から高く可愛らしい声が降ってきた。
え? と思って振り仰げば、信号機上に、赤を基調にしたゴスロリ衣装の少女の姿が。
見つけたと思うや否や、影は飛びあがり、まっすぐにこちらへ向かうと、
「ダーリン!」
ちょっとよくわからない単語を発射しながら、ジェントル・ササキに抱きついてきた。
が、魔法使いは即座に反応し、カウンターで飛び付き腕ひしぎ十字固めを炸裂。
結果、
「こ、これは……」
『未成年アイドルが童貞に深夜の路上で組み伏せられる』という『事案』が完成し、
「痛い痛い! ダーリン痛いわ! だけどなんだか胸がとってもドキドキするの!」
「サイネリア・ファニー、どうすればいい! 折ればいいのか!?」
「腕がミシミシいっている! ダーリンの愛がすごいぃ!」
「サイネリア・ファニー! 折っていいのか!?」
「あああ! やばいい! 新曲のアイデアがおりてくるううぅぅ!」
「サイネリア・ファニー! 折るぞ!?」
猫背に戻った魔法少女は、事態を理解できず『自分と状況、どちらの頭が悪いのか』考え込みながら、
「ササキさん、中学生に語彙で負けてますよ……」
客観的な事実を確かめるにとどまった。
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