第四章:慮外からの訪問者
1:悪の秘密結社の人材はギリギリ
「では、定例の幹部会を始めるわ」
本所市に『変わらない恐怖と安心』をお届けする、秘密結社『テイルケイプ』。
規模としては弱小ではあるが、地元に長く根付き息長く活動を続ける老舗だ。
老舗らしくその会議室も、
「テラコッタ・レディ。闇纏う猛禽は、止まり木ですら昏く燃えることを求めるのだが」
「パイプ椅子と長テーブルじゃイヤってこと?」
まあ、予算の通りなのだ。
「ご希望とあらば火をつけてあげようか、坂下君」
「やめろ、その仮初の穢れた鎖で俺を呼ぶな!」
銀に染めあげた髪に、ブランド物のごついサングラス。黒スーツにえらく巨大なファーを纏った青年は、アイデンティティを守るために抗議の声をあげる。
「俺の名は『反逆の逆十字』ルシファー!」
彼、坂下・清二は『テイルケイプ』における五組の幹部の一人であり、『プリティ・チェイサー』同様、他組織からの応援人員である。
見た通り社会生活に支障があるタイプで、他県のモノ好きな組織が拾い上げた『逸材』だ。
「逆が被って『なくなくなーい?』みたくなってるわよ?」
「テラコッタ・レディ! いかに貴女が最高幹部だとしても、世界が目覚めたその時から覆らない闇の理に、抗うことはできないぞ!」
「はいはい……あと、まだ頭が痛むから大きい声は出さないでねぇ」
「……わかったと言っておこう」
不服な顔ながら身を引く辺り、相手を慮れる人間ではあるのだが。
会議を取り仕切るテラコッタ・レディこと大村・桃子は小奇麗な私服姿で、しかし、頭には包帯が巻いたまま。
やはり幹部である『プリティ・チェイサー』の一人であるYUKIが、痛ましげに、
「いやあ、テラコッタ姐さん、現場復帰しても大丈夫なんですかぁ?」
「まあ、なんとかね、YUKIちゃん。それより、旦那と息子たちを誤魔化すのがさあ」
「テラコッタ・レディ。苦悩の吐露もこの月夜の華であろうが、時の砂粒も無限に落ち続けるというわけではないぞ」
「椅子がどうこう騒いでいたあんたに言われたくなかったわねぇ」
軽い自己嫌悪を覚えながらも、正論であることは認めて、
「じゃあ、まず。頭領は別の会合で欠席。幹部もこの三人だけね……そういえば、MEGUちゃんはどうしたの? 幹部会議には、だいたい彼女が出てくるのに」
「いやあ、それが……」
衣装もウィッグも取り去った制服姿のYUKIが、悩ましげに首を捻る。ただ、その表情は奇妙にも表情が乏しく、
「MEGUちゃんは、夕方に帰ってから泣きながら控室にこもって……あの、夕方にジェント……いやあ……それはないわぁ……」
「え? YUKIちゃん? 夕方から、ずっと? もう七時よ?」
「ないわぁ……ダメだと思うわぁ……」
「YUKIちゃん? ちょっと?」
虚ろな目で何度も否定をこぼす姿は、鬼気が迫る。こちらの声も届いていないようだ。
「昼間の廃ビル爆破作戦で何があったのよ……?」
あの時間は病院で検査を受けていて、その足で事務所に出向いたので、報告書にも目を通していないのだ。
慄然と被害者少女を伺っていると、首元に不自然なファンデーションのむらを見つけ、
「不可触な事実とはおおむね残酷なものだ、テラコッタ・レディ」
中二病患者が、携帯電話を滑らしてきた。画面は投稿されたであろう作戦の中継の様子。
ガレキの上には、色鮮やかな衣装の少女たち。
華やかな三人が見つめる先に、紙袋とスーツを身に付けた猟奇的な立ち姿を見つけて、
「偶発的に、ジェントル・ササキと交戦したらしく……」
『俺の『いきり立つ仰角』で! 君たちの『少女の最後の砦』をぶち破り! 魔法少女ではいられない体にしてやる!』
据え置き電話の受話器をもぎ取ると、鬼の形相で組合への電話番号を叩きだした。
※
「苦情の電話ですか!? すいません、静ヶ原さん! いま、それどこじゃなくて……さ、ササキさん! なんで今日は、行く先々で吊るされるんですか! いや、まあ、昼間のせいなんでしょうけれど! だからと言って、どうしてそこまで無抵抗なんですか!
一般人への攻撃許可は貰っていない? どうして『抵抗イコール攻撃』になるんです!?
ほら、取り囲んでいる人たちも、ドンビキじゃないですか!
ササキさん! ああ! 窓に、窓に!」
※
とりあえず他所から預かったアイドルの『諸々』の無事を確かめると、テラコッタ・レディは息をつく。
「せせせせ戦慄の深淵を垣間みみみみ見た俺をおおおびええええさせるとととははは」
「預かりの女の子が『童貞の餌食』とか、各方面に顔向けできないからね」
先方はもちろん、あと放送局とかにも。
ともかく、怒りを呑むために急造した笑顔で、YUKIに向きなおると、
「これで大丈夫。こってり苦情を入れておいたから」
「いやあ……ありがとうございます。だけど……」
手を尽くしたというのに、少女の表情は晴れない。
であれば、大人は安心の材料を並べていくが、
「ジェントル・ササキについては基本的に夜の担当だから、あなたたちは安心よ?」
「いやあ、その夜担当っていうのが、引っかかっているというか……」
「? どういうこと?」
YUKIの言うことは、いまいちはっきりしない。頭がよく、判断や言葉選びにセンスを感じる少女だから、こんなにも歯切れが悪いのは珍しい。
こちらの思案顔を察したようで、『信じられなさ』に沈む瞳の理由を口にしようとして、
「どうもですね、MEGUちゃんは……」
「た、大変なんだぞ! め、MEGUちゃんが!」
彼女の言葉を遮って、血相を変えたKOTOが飛び込んできた。
その場の全員が、驚き、話題の少女の急変があったのかと身を固くすれば、
「なんか『胸がドキドキする! これは恋だわ!』って叫んで走っていっちゃったんだぞ!」
続く単語に大人たちは『?』と首を捻り、唯一状況の分かるYUKIが目頭を押さえて、
「いやあ、どうも、一目惚れみたいでして」
「え? 『れいぽう』しようとした奴相手に?」
事実は『ルシファー』が『坂下・清二』に戻るほどの衝撃であった。
「自分の首絞めた相手に、ええ。意味がねぇ、わからないんですけどねぇ……MEGUちゃんの頭って、わりとピンク色だから……」
苦々しい事実を、受け入れ難くも呟き告げた。
受け止めた最高幹部『別名この場の責任者』は、とりあえず、
「この時間に衣装のまま出ていったら、労基に怒られるんだけど」
直面した理不尽から、ひとときながらの逃避を試みた。
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