7:決着は夢のよう、良し悪しは判断つきかねるが
「……あれ、私……?」
ふわふわと揺れる意識を自覚すると、グローリー・トパーズはいつの間にか意識を手放していたことに気がついた。
右手を見れば空になった紙コップ。左手は肩にかけられたジャケットを掻き寄せている。
どちらも『彼』がくれた物だ。
まどろみの中、染み込むような温もりへ再び身を任せそうになり、
「! いけない!」
プリティ・チェイサーとの戦闘中であることを思い出し、一瞬で四肢を張りつめた。
電撃や水流によって弛緩していた筋肉は問題なく回復しており、
「体は大丈夫ね」
体を起こすと、瓦礫の山のなかを外の戦場へと向かう。
いったい、どれだけ意識を失っていたのだろか。外の状況は、どうなっているのか。
……やけに静かだけど。
聞こえるのは、瓦礫の隙間を吹き抜ける、浜風の風鳴りばかりだ。
戦闘が続いている様子はなく、とはいえ撤収が始まった風でもない。
「全部終わったなら、さすがに私を起こしにくるだろうし……」
……まさか、それどころではない状況なの!?
ジャケットを貸してくれた彼の、悲愴な言葉を思い出す。
「『刺し違えても』だなんて……」
言葉は本気だった。
本気で、覚悟を決めて、一対三の死地へ向かったのだ。
忌々しくも覚える想像に、ジャケットへすがりつくと、
「そんなの、ダメよ」
呟くように、吐き捨てた。
エースは自分だ。だから、自分のための犠牲など許されない。
「無事でいて、ジェントル・ササキ……!」
無事でいてくれたなら、素直にありがとうだって言えるのだから。
汚してしまったジャケットだって、返さないといけないのだから。
西日の差しこむ隙間を、目を細めながら這い出ると、
「……これは……」
グローリー・トパーズは息を呑み、言葉を失った。
※
広がるのは『凄惨』だった。
アイドルが、力無く歩いていた。なぜだか『血まみれのワイシャツ』に顔を埋めながら。
もう一人のアイドルは虚ろな瞳で「いやあ、それはダメだわぁ……」と呟きながら後に続き、一番頭が悪いアイドルが「大丈夫だぞ! な! 元気出すんだぞ!」と二人を励ましている。二人とも、首に絞められた痕があるのは何故だろうか。
「な……にが、起きたの……?」
エースは、長い付き合いであるプリティ・チェイサーの惨状に恐怖を覚えるのだが、それでも逆方向で放たれる禍々しい空気には劣る。
「あれは、なに……?」
夕暮れの中『血染めのぼろきれを頭部に巻きつけた半裸の男』が、鎖のようなもので逆さ吊りにされ、彼を取り囲んだアイドルのファンクラブと思わしきおっさんたちが『マイムマイムボディーブローの刑』を執行していた。
「貴様は俺たちの敵だ!」
「ブギー・アングラーが来ないとパンチラ撮影が……げふんげふん! 許さん!」
「十四歳の体内で作られた水分を浴びるチャンス……げふんげふん! 許さん!」
「有言実行しろよ! 俺のHDD容量はギリギリ……げふんげふん! 許さん!」
「またクズが出たぞ! 吊るせ!」
なぜか吊るされる人間が増えた。
彼らが何を言っているのは良くわからないが、どうやらあの『捕まった猟奇殺人鬼』風の男性はジェントル・ササキらしく、
「どういう状況なのよ」
良くはわからないが、おそらく彼は難敵を撃退したのだ。
……あいつらが泣きながらとぼとぼ帰っている絵面は、ヤバい感じがするけれど。
だが、結果を見れば、
「……私の目に狂いはなかった、ってことよね」
非公式のデビュー戦で最高幹部に無傷で勝利、そして今回は自分が手こずっていたユニットを相手に単独で解決。
新人魔法使いであるが、実績を見るに、ただの新人とは言えないだろう。
華々しい戦績はかつての自分を見るようで、
「負けられないわ」
胸に灯った敬意を、誰にも気づかれないよう、西風へ紛れさせた。
理由もなくドキドキと高鳴る鼓動を『そうじゃないんだ』と、強く誤魔化しながら。
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