5 :弱者の戦い方

 MEGUは戦慄していた。

 今まで秘密結社の魔法少女として、また地方アイドルグループのリーダーとして、さまざまな人間と対峙してきた。

 良い人も、悪い人も、気持ち悪い人も、イケメンで残念な人も、いろんな人がいた。極めつけは公衆の面前でスカートに潜り込もうとするブギー・アングラー『だった』。

 たった今、対峙する魔法使いは、これまでに出会った数多の大人の男とは違い、

 ……怖い。

 実績も、知名度も、経験だってこちらのほうが上。

 だというのに、体が力み、冷汗が止まらない。

 わかっている。

 言葉が『本気』だからだ。

 本気で組み伏せて『魔法少女廃業アタック』を狙っている。

 それも『海綿体が膨張しない』発言から鑑みるに、下心ゼロであり、

 ……混じりっけなしで私らを『壊そう』としている!

 純粋な害意であり殺意を、『紙袋』越しの瞳にぶつけられているのだ。

 十四年という人生で、味わったことのない類の視線。

 MEGUは身震いを誤魔化すように、周りの様子を窺えば、

「ガチ『事件』はシャレにならんよぉ……組合に苦情入れときます」

「クレイジーサイコキラーは夜の部に閉まっておけよぉ……組合に苦情入れときます」

「プリティ・チェイサーは解散だぁ……携帯からHDDの録画予約しときます」

「人間のクズを見つけたぞ! 吊るせ!」

 ……なんでファンクラブが揃って、こっちの事態をそっちのけで『人間サンドバック』の作成に勤しんでいるのよ!

 もともと、負けん気の強い性格だという自覚はある。

 腹立たしさで己の怯みを殴りつけると、仲間へ振り返り、

「YUKI! KOTO! やっちゃ……うわ……よ……?」

「いやあ……あれヤバイよ……いやあ……」

「YUKIちゃん! YUKIちゃん、どうしちゃったんだぞ!」

 頭が良い方が震えながら放心、頭の良くない方がそれを見てパニックを起こしていた。

 ……理解力のあるほうが、恐怖をダイレクトに感じ取れる好例ね……

「くっそー! よくもYUKIちゃんをー!」

「あ、KOTO! ちょっと待ちなさ……!」

 落ちかけた日に染まる黄色の衣装が、制止も聞かずに飛び出していった。

 構えるジェントル・ササキは、

「くそ! サイネリア・ファニーの到着を待たずに仕掛けるとは卑怯な! このままじゃ『魔法少女にトドメを刺す』準備が!」

 焦りの色を濃くしながら、コンクリートの塊が付着した鉄筋を拾い上げる。

 ……あれで殴りつけるつもり……? 

 背筋が冷たいのは、春先の夕暮れに吹く風のせいだろうか。

 というか、走っていくあのバカは、敵の手元が見えてないのだろうか。

 ジェントル・ササキが軽々と振りあげた鉄筋が、相棒の眉間に『セメントルール』を狙って迫る。

 ……あ、これ『事件』の前に『事件』が起こるわ。

 リーダーは確信し、しかし、

「負けないよ!」

 腰の力量が一瞬で消えて、コンクリートの塊が定まった方向を見失った。

 KOTOのギフトだ。

 頭の高さを振り上げる様に走っていく威力を、ダッキングしながら肉薄。

 低い姿勢から勢い付けたアッパーカットが、魔法使いの顎を鈍く重くとらえる。

「どうだ!」

「ぐ!」

 その一撃はスーツ姿の体を揺らし、遠目のMEGUにも十分な効果が見受けられた。

「バカはバカで、こういう時に強いわね!」

 一気に勝負を決めてしまおうと、MEGUも飛び出していく。

 と同時に、

「もらったぞ! 悪の魔法少女め!」

 魔法使いが、獰猛に吼えた。振り切られた鉄筋が、その手から放たれる。

 先端のコンクリートは、魔法使いの超常的な膂力によって加速をし、

「え?」

 崩壊していたビルの一部を砕いた。

 巻き起った粉塵が、周囲一帯の視界を奪い去った。

「く! KOTO!?」

 心配の声をあげ、冷静にギフトを使用。湿度を高め、舞いあがる埃を落ちつけながら、接敵した彼と彼女の地点まで急ぐが、視界はひらけない。

 ようやく埃が落ち着いた時、

「……KOTO?」

 戦場には、誰の姿も、影の形も、何もなくなっていた。


      ※

 空撮していたテレビクルーは一部始終を克明に、お茶の間へお届けしていた。

 粉塵が巻き起こった直後、たじろいだ『美少女アイドルKOTO』が『紙袋を被って身元を隠す三十歳童貞』に物陰に引きずりこまれる様を。

 口を塞がれたまま『胴締めバックスリーパー』の犠牲になる様を。

 犯人が、カメラの死角に隠れてしまった様を。

 事態を目撃していたほぼ全員がその手慣れた様子に、後に「彼が実在することに恐怖を覚える」と証言するほどの凄惨な光景であった。


      ※

「KOTO!? ちょっと! 返事をしてよ!」

 呼びかける一度目は確認、二度目は不審、三度目は疑惑、四度目は恐怖に塗られていた。

 ジェントル・ササキの姿もないことが、MEGUの心音を高くする。

 ……ただやられただけなら、魔法使いが姿を現すでしょ?

 もしや『犯られている』のでは、という怖気立つ想像を振り払い、呼びかけを続ける。

「ちょっと! ジェントル・ササキ! 隠れていたんじゃ勝負はできないわよ!」

 しかし、やはり返事はない。

 と、正面側の野次馬が、

「MEGU! 後ろ! 後ろ!」

「え?」

 咄嗟に振り返ると、そこには誰もいない。

「……え?」

 誰もいないのだ。

 呆けていたはずのYUKIの姿すら、も。


      ※

 野次馬たちは、恐るべき事の一部始終を目の当たりにしていた。

 物陰を滑るように移動したジェントル・ササキによって『恐怖に震える無力な美少女アイドルYUKI』が、やはり物陰に引きずりこまれて、バックチョークの犠牲となったのだ。

 魔法使いと目の合った数名の野次馬は、はにかむ様な会釈を返されたが、ちょっと彼のメンタルがわからなくて呆然と眺めるしかできずにいた。

 ただ、目撃した全員が『無力化した少女の意識をもぎに来た』魔法使いの容赦のなさへ、後に「彼が実在することに恐怖を覚える」と証言するほど凄惨な光景であった。


      ※

 恐ろしい。

 瓦礫に隠れてしまっているが、おそらく味方二人は『あの』魔法使いにやられてしまった。現状『犯られてしまった』かどうかはわからないが、そこは祈るばかりだ。

 MEGUは顔が青ざめているのを自覚しており、

「ジェントル・ササキ! 出てきなさい!」

 それでも、己を奮い立たせる。

 前言は撤回だ。手際から察するに、経験はあちらが上。

 ……ついこの間まで一般人だった『童貞』が、どこで経験値を稼いだのかしら。

 疑問はあるが、一対一まで追い込まれた現状を鑑みるに、結論に疑いはない。

 では、さて『手慣れた』彼はどこから現われるものか。

 神経を張りつめ、何一つも違和感を取りこぼさぬよう、MEGUは腰を落として大きな瞳をなお見開く。

 砕かれた瓦礫の転がる音。

 騒ぎ立てる野次馬の視線。

 湿り気のある空気の動き。

 全てが緩やかに流れており、

「そこね!」

 一点を狙い、圧縮した水圧で瓦礫ごとぶち抜く。

 低い、くぐもった声が響いて、

「当たったわね! 隠れていても無駄よ! 出てきなさい!」

 掃き散らされたコンクリート片やら鉄筋やら、それらを体で受け止め濡れそぼった魔法使いが膝をついていた。

 紙袋で作ったマスクは己の脆さを隠すよう力無く身をすぼめており、しかし、目抜きから覗く光は一層に強く睨みつけている。

 強い眼光に射抜かれると、抑えつけていた恐怖が疼いて、我が身がすくんでしまう。

 だからと言って、負けてはいられないのだから、

「立ちなさいよ、ジェントル・ササキ! あの二人はどうしたの!?」

 ゆらりと身を起こすササキへ、照準を合わせながらぶつけるように怒鳴りつける。

 魔法使いは、威力を突きつけられながら事もなく、

「あの二人は眠っている。まずは君からだ、MEGU」

 静かに、優先目標であることを告げてきた。

 ……なんで!? 確かに三人のなかでは一番可愛いし、スタイルも良いけどさ!

 ろくでもないことではあるが、メンバーに対する優越感をくすぐられ、喜んじゃいけないと、それでも赤くなる顔は隠しようもなくて、

「君がリーダーで、そのうえで威力を担当しているからだよ」

「……あ、そう」

 だから『童貞』の言葉は、望まぬ空回りをさせられた自身を突きつけられ、顔の赤みは怒りのものになる。

「だったら! 絶好調な私の、全力をその身で味わいなさい!」

 膨れた感情に任せて『ギフト』の圧を上げていく。

 ターゲットは不動。わずかに腰を落としただけ。

 ……舐めているの!?

 支部エースであるグローリー・トパーズですら、この威力は受けきれなかったのだ。戦績は派手であるが、それでもたかが新米魔法使いが、

「そんなにも後悔がしたいのね! 思い知りなさい!」

 おこがましい。

 彼が『威力』と呼んだ、その一撃を解き放った。


      ※

 瀑布をイメージし、しかし密度を高めて。

 現れたのは、木杭のような太さの直線。

 まっすぐにササキへ襲いかかり、

「本気で受ける気なの!? ただじゃは済まないわよ!?」

 魔法使いは、一歩たりとも動くことなく、

「言ったはずだ!」

 吼え、胸元を狙う威力に右手を掲げ、左手を添え、

「俺は、平和を守るためにここにいる!」

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