4:刺し違えてでも
午後四時五十六分。
本所市の駅前は影が大きく伸びはじめ、見上げれば空は紫に塗られていく。
ガレキの中から這い出たササキは、厳しい戦いを思って、澄んだ空気に身を引き締める。
向かうは、こちらをうかがう三人娘。
「ジェントル・ササキ……!?」
「いやあ、あれが初陣でテラコッタ姐さんを撃退した新人魔法使い?」
「あはは! ブギー・アングラーの相手をするよりマシなんだぞ!」
なるほど、さすがこちらのエースと互角のユニット。
……俺のことなんて、眼中に無しか。
だが、その慢心は好材料だ。
MEGUから、やはり馬鹿にしたような声がかけられる。
「ジェントル・ササキ! グローリー・トパーズの援軍ってわけ!?」
「もちろんだ。君たちを止めるために、駆けつけた」
「いやあ、一人では大変だと思いますけどねー」
「あはは! 無謀って言うんだぞ!」
他二人の言葉も、最もだ。
ファンクラブの皆さんも、
「何がジェントル・ササキだ! プリティ・チェイサーに敵うわけない!」
「そうだ! ロートルのBBAを撃退した程度で調子に乗るんじゃない!」
「……おい、貴様。テラコッタ姐さんをロートル呼ばわりとか、青空裁判開廷だぞ……!」
なんか仲間割れを始めだした。BBA呼ばわりは大丈夫なあたり、難しい話なのだろう。
何はともあれ、自分自身が、無茶を押していることに自覚はある。
だから、一歩を踏み出し、覚悟を見せるために言葉をつくる。
「いいか。俺はグローリー・トパーズと約束をしてきたんだ。『たとえ刺し違えてでも』君たちを倒す、と。だから」
大きく息を吸う。強い言葉を叩きつけるために。
「だから、いいか! 覚悟をしろ! 俺は君たちと『刺し違える』んだ!」
己を奮い立たせるよう、両手を広げて、
「俺の『いきり立つ仰角』で! 君たちの『少女の最後の砦』をぶち破り! 魔法少女ではいられない体にしてやる!」
※
組合の全ての電話回線が鳴り響いた。
なぜ一つも鳴り止まないかというと、事態を察した事務員全員がダッシュで退社していったためだ。
残されたのは指令室でオペレートする澪利と、白眼で膝をつく組合長の二人だけ。
組合長は目の前で起こった現象が信じられず、
「いま、正確には何が起きたのかね……?」
「『三十歳童貞』が『十四歳地方アイドル』へ『全県中継の最中』に『ごうかんせんげん』しましたね」
「……澪利くん。現実は、人の想像力を容易く飛び越していくものだねぇ」
……いやまあ、確かに、午前中の会議に出ていた誰もが『セメントルール』までは察していましたが『企画物AVルール』には達していなかったでしょうね。私もです。
「すまんな、澪利くん。こんな状況で一人だなんて……」
え? と振り返るれば、白目の巨躯が横たわっていた。
……私も気絶したいのですけれど……!
こんなにも無口クールを恨めしく思う日がくるとは!
と、モニターの中で動きが。
中継は、ヘリを使っての空撮。そのカメラに向かって、ササキは強く指を突きつけ、
『サイネリア・ファニー! これを見ていたら、すぐに来てくれ! 君の力が必要だ!』
おや、と澪利はモニターに首を傾げる。
……正直、この状況でサイネリア・ファニーにできることは少ないと思いますが。
ギフトを使って『出し入れ』させるにしても、回転が付与されるため『腰のブツ』がねじ切れかねない。
では何故でしょうか、と言葉の続きを興味深く待ち受ける。
『俺は十四歳相手じゃ『充血』できない! 君の『きょうい』が必要なんだ!』
嫌な予感がしたので、とりあえず、鞄から『お薬』を一瓶出しておいた。
※
文は、口に含んだ紅茶を吹き出した。
周りの、休憩中の塾生たちから視線が集まるが、それどころではない。
……この人『せいはんざい』に加担させる気ですよ!?
携帯のテレビモードの画像を切って、急いでメールを打つ。
しかし、状況は刻々と進行していく。
スピーカーのみとなったジェントル・ササキは叫ぶ。
『どんな手を使ってでも、この街の平和を守ってみせる!』
※
仲・大介は口に含んでいたブラックコーヒーを吹き出した。
周りの、残業に備えて休憩する工員たちから視線が集まるが、それどころではない。
……この口ぶり、彰示じゃねぇか!
まさか、とは思って中継を眺めていたが、今の一言で確信を得た。
内容も喋り方も、何もかもがもっとも研ぎ澄ましていた『あの頃』と同じなのだ。
「……おいおいおい、無茶苦茶じゃないか……」
正直なところ魔法少女やら秘密結社やらに興味はなく、仕事柄から本所市に居ることも少ないため『ジェントル・ササキ』の仕事を見たのは初めてだった。
なので、性犯罪を叫ぶ姿に引き気味だったのだが、
……中身があいつだとすると、話は違う。
自分は結婚をして、人並みな幸せで満足できるようになったのだが、彰示はそうではない。
未だに鉄火場の中で、暴れられる若さを持っている。
しかも、昔と同じく『誰かのために』『我が身を省みず』『手段を選ばない』だ。
親友のあまりの変わらなさは、呆れもするが、それ以上に、
「滾るねぇ」
あの『輝いていた日々』を、体が思い出す。
とはいえ、自分はもう彼と肩を並べることはできやしない。
……地位も名誉も賞与も家庭もあるからなあ。
少し寂しく思いながら、携帯電話を手に取ると、
「とりあえず苦情を入れとけば、メディア露出は減るだろ」
仲の配慮は、友人の身元が割れることの心配が二割。
残りは『放送事故』でお茶の間に凄惨な『事件映像』が、ノーカットで流れてしまうことへの懸念であった。
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