3:本心を一つに括る言葉

 体が痛い。

 心が痛い。

 いくら『アンチユニット』とはいえ、ここまで手も足も出ないとは。

「……くう」

 衝撃で眩んでいた視界が戻ったとき、周りがガレキに覆われていることに気がついたグローリー・トパーズは、誰にも見られない安心からか、弱い声を漏らす。

 悔しい。今すぐにだって立ちあがって、アイツらをぶっ飛ばしたい。

 だけれども、どうやって?

 正面からでは分が悪すぎる。この体は、自身の電撃で痺れたままだ。

 悔しい。

 悔しいが、

「……今日は完敗ね」

 どうしようもなくて、認めるしかない。

 息を、もう一度弱く吐くと、戦闘状態にあった体からも力が抜けていく。

 春先の夕暮れは、まだ晩冬の気配をまとう。体の濡れる少女には厳しい気温だ。

 堪えるように、身を丸めて抱くと、

「うぅ……くぅ……っ……」

 心の痛みの大きさをはっきりと自覚。

 さらに体を小さく、さらに身を抱く腕に力がこもってしまう。

 悔しい、悔しくて、ぐしゃぐしゃになっていて、

「……大丈夫かい?」

 突然にかけられた心配の声に、

「……ジェントル・ササキ?」

 驚くことが上手にできなくて、どうして、の言葉も作れないまま見上げるしかなかった。


      ※

 その魔法使いは、がれきの隙間から突然に現れた。

 いつもの『何かの返り血が付いたポリ袋』ではなく、商店街で有名なベーカリーショップ『無乱』の紙袋を被り、手には湯気を上げるコーヒーカップとアンパンを持って。

「グローリー・トパーズ? 痛むのかい?」

「え? あ……いや、大した怪我はないわ……」

 呆けるように見上げていたエースは、彼の勘違いを訂正。年上とはいえ新米に弱みを見せるのを良しとせず、わずかばかりとはいえ体を起こそうとする。

 が、二の腕は未だに痺れていて崩れ落ちる。

「無理をしちゃダメだ。体も冷えているんだろう? ブラックだけど」

 屈んで近づく彼は、コーヒーとアンパンを手渡す。さらにジャケットを脱ぎ、寒さに震える細い体へ覆いかけてくれた。

 紙袋に開けられた目抜き穴からは真剣な瞳が覗いており、

「嫌なことを聞くけれど」

「大丈夫よ。あの三人のことでしょ?」

「そうか……彼女たちは、君をそこまで追いつめるほどの『脅威』なのかい?」

「……悔しいけれどね」

 今さっき認めた敗北をさらに抉られるような気がして、顔をしかめる。だが、自分はエースであり、人に弱音を見せられないのだ。

 視線に力を戻し、ジェントル・ササキと対峙する。

 心なしか、体にも力が戻った気がする。コーヒーと、人肌のジャケットのおかげで、体温が戻っているのだろうか。

「相性差や相棒の有無もあるけれど、普段から勝ったり負けたりしている相手よ」

「君を相手にかい? それは……十分に脅威だ」

 魔法使いは、慄くようにごくりと喉をならした。

 彼のただならぬ様子に、

「あなた、何をする気なの……?」


      ※

 ひどく、答えにくい質問だ。

 行動自体は『プリティ・チェイサーと戦う』だが、エースが聞きたいのは違うだろう。

 ……同僚の危機を救うため?

 ……魔法使いの実績のため?

 ……自分の力を試すがため?

 どれも嘘ではないが、一つ一つ答えていては時間が足りない。

 だからササキは、本心の全てを一つに括る言葉を探しはじめた。

 ほどなく見つけた一言がまさに己の目的を表していて、だから、迷わずに少女へ告げる。

「この街の平和を守るために、だよ」


      ※

 グローリー・トパーズは、息を呑む。

 彼の言葉は、魔法少女組合の理念。

 実績の比べあいや負けず嫌いからくる矜持に耽溺していた自分の姿が思い出され、しかし過去においてはその理念を心から信じていたではないか。

「プリティ・チェイサーの三人を撃退する」

 綺麗事を言い放った魔法使いは安心させるように頷き、戦場へ向かうために身を翻す。

「一人では無理よ! 私も……そうでなければ、サイネリア・ファニーを呼んで!」

「必要なら、頼らせてもらいます。だけれども、時間がない」

 確かに、このまま時間を使っていては、あの三人が勝利宣言をしてしまう。

「俺が行きます。たとえ刺し違えてでも、彼女たちを止めて見せます……!」

「そんな、刺し違えるなんて……ちょっと! 待ちなさい!」

 ワイシャツ姿の悲壮な背中が、ガレキの山を抜け出し、少女の視界から消える。

 追いすがるために、しかし、さまざまに負傷する体は起き上がれない。

 残されたのは、手に握るホットコーヒーと、

「あったかい……」

 身を包む、彼の温もりが残るジャケットだけだった。

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