2:少女たちの戦い

 湊・桐華が扮する『グローリー・トパーズ』は苦虫を噛み潰していた。

 三時五十五分に発生した魔法少女同士の戦闘は、前口上からの小競り合いという第一段階と、廃ビルの爆破解体という『秘密結社側の目的達成』という第二段階を経過していた。

 エースと呼ばれる彼女にとって、屈辱の極みである。

 相手方の目的を達成させてしまったことに。

 失敗を挽回すべく挑んだ正面切っての戦闘で、押されてしまっていることに。

「くっ! 三人がかりなんて卑怯よ!」

 エースが相手取る『プリティ・チェイサー』は『悪の魔法少女ユニット』だ。

 揃いのゴスロリ衣装を夕映えに照らしながら、瓦礫の上に並ぶ少女たちは、

「あはは! 卑怯だって!」

「いやあ、卑怯は卑怯だと思うけどねー」

 黄色いウィッグの一人は屈託なく笑い、白のウィッグの一人は悩ましげに首をひねる。

 残り一人の赤髪のウィッグを付けた少女は憤慨し、

「アンタの相棒『ブギー・アングラー』の方が卑怯よ! 背面で地を這うとかホラー映画かっての! その上、ローアングルから『アイドルの尊厳』を撮影しようとするし!」

「いやあ、確かにあの人居ると『アイドルの尊厳』をガードするんで手一杯だもんねー」

「あはは! たまに映させてやるとブヒブヒ言って面白いんだぞ!」

「……いやあ、KOTOちゃん、あとで『会議』ね」

「い、いやだ! YUKIちゃんの『会議』は大体『折檻』なんだぞ! MEGUちゃんからもなんとか言ってやるんだぞ!」

「あんたたち、うるさい! 居ても居なくても面倒な魔法使いね、あいつは!」

 ……いや、なんか、申し訳ない。

 相棒の『ブギー・アングラー』こと滑山・要は『通学路の側溝にはまる仕事』で今日は休みだ。仕事の内容について、自分も組合も怖くて追及はしていない。

 ……彼女らの反応を見るに、居ないほうがいいのかしら?

 とはいえ、トリオのコンビネーションを切る役割としてはこれ以上にない働きをしてくれる。こと、彼女達が相手であるなら有用な相棒なのだ。

 なにより、

「え!? 今日はブギーのおっさん、いねぇのかよ!」

「プリティ・チェイサーとの追っかけっこ楽しいのに、残念ね」

「グローリー・トパーズ一人で大丈夫かよ」

 この時間帯の野次馬である、小中学生からの人気がやけに高い。アイドル三人が悲鳴をあげながら逃げ回る様が面白いのだそうだ。

 グローリー・トパーズは苦虫を噛み潰していた。

 失敗に劣勢、それらは現場で巻き返せる。自分はエースで、その自負もある。

 だが、だからこそ、

「なんで敵も野次馬も、話題があのダメ男なのよ……!」

 心が『くの字』に折れそうになることだってあるのだ。


      ※

 小悪魔系アイドル魔法少女グループ『プリティ・チェイサー』と、本所支部エースである『グローリー・トパーズ』は浅からぬ因縁にある。

 全国レベルの実力を持つ組合員として絶対的な評価を築いたグローリー・トパーズだったが、内情として、慢性的な敵役の不在があった。実力が高すぎて、たかだか地方都市に根付いた秘密結社では相手にならなかったのだ。

 結果『テイルケイプ』側は活動に大きな支障をきたし、逆に組合側では『売り出すべきである期待の魔法少女』への評価が頭打ちになる、という事態に。

 閉塞した状況に風穴を開けるべく、組合長はグローリー・トパーズの他地域への派遣を決断。派遣先は、本所市以上の都市規模を持つ県庁所在地である隣市。

 そこでの初陣で『とあるアイドルユニット』を蹴散らしたのが、因縁の始まりとなった。

 一年にわたって互いに勝ったり負けたりしているうちに、グローリー・トパーズの契約期間が終了、本所市に帰ることに。その際に『地方芸能プロダクション風悪の秘密結社』が『とあるアイドルユニット』を再編し、『対グローリー・トパーズユニットであるプリティ・チェイサー』を結成、テイルケイプへ派遣したのだ。

 以来、彼女たちへはグローリー・トパーズが充てられることになり、二年にわたって勝ったり負けたりを繰り返していた。

 ただし明確な『アンチユニット』であるため、正面からやり合うとグローリー・トパーズの不利は大きい。

 その相性差は、携帯電話の小さな画面でも、少女が圧されていることからわかる。

「滑山さんがいないと、やっぱり厳しいですよ、湊さん……」

 塾の休憩室で、文は心配げにディスプレイへ食いついている。

 廃ビルとはいえ駅前での爆発というセンセーショナルな事件と、注目度の高い魔法少女同士の戦闘であるため、テレビ局の中継は早い時間から開始されていた。

 同じ魔法少女として羨ましさも、ほんの少しはある。

 けれど、それ以上に同僚の危機へ眉尻が下がってしまう。

 現場は、いまいる塾のすぐ近く。駆けつけることはできるが、

「……私一人じゃ、邪魔になっちゃいますよね……」

 そもそも、出動要請が無いのだから、勝手をすると組合から怒られてしまう。

 文は見守って応援することしかできない。

 小さな画面は、めまぐるしい四人の少女の動きを追いかけるために右往左往。リポーターも目が追いつかないようで『グローリー・トパーズの不利』を伝えるので精一杯だ。

 現場にいても状況の把握が難しいのだろう。

 テレビ越しの文にはなおさらで、

「……あれ、今の……」

 しかし、一瞬カメラの端に映り込んだ人影は、見逃すには場違いすぎて、

「……まずくないですか……?」

 背筋が凍りついた。


      ※

「現場に、マスク未着用の佐々木さんを確認しました」

 元エース魔法少女の端的な報告に、支部長は白目を剥かざるをえなかった。

 なんで午前中に口にした懸念が、その日のうちに現実になるのか。私が何かしたのか。

「じょ、状況はどうだね、澪利くん。グローリー・トパーズが、独力で解決できたなら問題は起こらない、起こらないはずだろう?」

 一縷の望み。

 しかし、澪利はクールに、

「彼のギフトで現場の全員が能力を向上させていますね」

「そうだね」

「そうなると、当然ですが相性差が広がっています」

 もう一段階、白目を剥いた。

「ち、近くに誰かいないのかな? 彼女の救援や、佐々木くんを止められるような」

「佐々木さんを除くと、サイネリア・ファニーが近くの塾に通っているはずです」

「ダメじゃん! 彼女動いたら、佐々木くんも自動的に動き出すじゃん!」

「他は、待機組しかいません」

「なってこった!」

 とりあえず待機組へ現場急行を指示し、

「私も指令室に向かう」

「お願いします。もう一人は佐々木さんの姿を見た途端、恐慌を起こしてしまいまして」

「……味方の姿を見て? うちの支部、大丈夫かね?」

「彼女の気持ちはわかります。私も一人では堪えられないかもしれません」

「どうしてだね? 君は彼とよく話をしているじゃないか。怖いだなんて……」

「三十歳の童貞男性が、十四歳アイドルの頭を『セメントルール』する絵面にです」

「……それは、私も無理かもなあ」

 主に心と、胃と、あと社会的地位も。


      ※

 戦況は、控え目に言って絶望的だった。

 こちらの行動の出だしを、KOTOのギフトである『運動ベクトルを一瞬ゼロにする能力』で狂わされ、態勢を整えるために物影に隠れてもYUKIの『空を飛ぶ能力』で見つけられてしまう。

 手が尽きたところで、MEGUの『水を発生、操作する能力』によって水流をぶつけられるという、繰り返しだ。

 全身が濡れそぼって体力が奪われ、吹き飛ばされることであちこちを打撲していた。

「く……っ!」

 肩で息をしながら、グローリー・トパーズはそれでも三人を睨みつける。

 プリティ・チェイサーは勝ち誇った口元を見せつけながら、

「ゼッ……コウチョウ!」

「いやあ、私もねー。航続時間が、ベスト更新したわ」

 よりにもよってだ。

 魔法少女のスペックには振れ幅がある。

 よりにもよって、今日は三人ともが上振れ傾向を示しているようだ。

「あはは! MEGUちゃん、ファンクラブの人たちも集まってきたぞ!」

 見れば、ハッピとハチマキを身に付けた『職業不詳のおっさん』たちが、小中学生の中にちらほらまじりはじめている。

「おい! ブギー・アングラーがいないぞ!」

「ヤツがいないと三人のスカートがひるがえ……えふん! チャンスじゃないか!」

「僕たち! プリティ・チェイサーを応援してます!」

 全員がごついカメラを抱えているが、追及するのは『通学路の側溝にはまる仕事』くらい危険な気がする。

 MEGUもわかっているらしく、なるべくアイドルの風体を維持しながら、

「よし! 二人とも、このまま一気にカタを付けるわよ!」

 夕映えを背に、勝負の締めくくりを示した。

 だが、そんなわけにはいかない。

 絶望的な状況であろうと『エース』が簡単に負けるわけにはいかないのだ。

「きなさい! 私は、最後まで膝をつきはしない!」

「いい啖呵ね! でも、次に見るときはホエヅラをかいてることになるわよ!」

 ……今だ!

「喰らいなさい! 『雷神の短柄鎚』!」

 手の平に雷が集まり、同時、耳が痛いほど大気を裂きはじめる。

 グローリー・トパーズのギフト『大雷神の慈悲』による、雷電球を投げつける技だ。

 電気の性質上、球状を維持することはできないため、即座に腰を回す極小の動作で投擲に入る。

「あはは! 不意打ちとか汚いぞ!」

「くっ!」

 が、KOTOのギフトよって、腰が瞬間的にベクトル失った。肩まで連動する運動力はそれだけで霧散し、再び投げつけるには致命的な隙間が。

 雷電球はすでに形を崩れ始めており、それでも無理に投げつけるが、

「相性差ってのを教えてあげるわ!」

 追い討つように、MEGUがグローリー・トパーズ周辺の湿度を引き上げた。

 ……まずい!

 高密度の霧の壁に阻まれて電気の塊は溶けるように呑み込まれ、しかし、極至近の自分自身は相手のギフトで濡れそぼっている。

 電気は水分を伝い、無数に枝分かれ、投擲者のもとへ。

「っきゃああああああああぁぁぁぁぁっ!」

 少女は、自身の雷撃に食いつかれ、

「これでトドメよ!」

 痺れあがり身動きのできないまま、巨大な高圧水流が襲いかかる。

 少女の痩躯は簡単に弾かれた。

 夕暮れに舞いあがったエースの体はそのまま、爆破解体された廃ビルのコンクリートを砕き、鉄筋をひしゃげさせ、ガレキの山へと叩きこまれてしまった。

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