第三章:意識の在り方とその差異

1:その懸念は彼の能力とは無関係で

 特殊自警活動互助組合本所支部長、大瀑沙・龍号だいばくさ・りゅうごうは苦悩に眉をしかめていた。

 本所支部の会議室において、午前の日差しが眩しい窓側の上座が彼の席となる。

 支部長に続いて、副支部長、会計、総務長が重々しい雁首を並べて、末席に控えるのは数人の事務員。

 組織規模は小さいとはいえ、本所支部における頭脳だ。

 平日の午前中に彼ら重役を呼び集めたのは龍号であり、そのわけは、

「問題児『ジェントル・ササキ』のギフト。このギフト、問題になりませんかね」

 銀縁眼鏡の総務長が言うとおり、先日に判明した新人魔法使いについてだった。

 かつて魔法使いであった会計が、引退して豊かになった頬を撫でながら同意する。

「そうですな。資料によれば『付近にいる処女の心拍数を上げる』能力だそうですがな」

 本所大橋ダンプ衝突事故で判明し、県本部での精密な検査の後に明確となった。

 正直なところ、本所支部首脳陣は安堵していた。

 ササキのギフトについては、彼の普段の言動や来歴から『狂人に刃物』という認識。いったい全体、どんな形状の『ぶっ壊す能力』が飛び出すものかと戦々恐々だったのだが、直接的な攻撃能力や広域に目に見える影響を与えるものでなく、全員が『人死は出ないね』と息をついたくらいだ。

 であるが、別の問題が出てくる。

「彼の運用に関して、ですね」

 火の点いていない煙草をくわえる副支部長が、頭の後ろで手を組んでみせる。

「澪利さん。検査に立ち会ったんですよね」

「はい。魔法を扱えるということで、精密検査にも協力しています」

 末席数名の中から、少女のような事務員が立ちあがり、

「当初は魔法の威力を向上させるものと考えられていましたが『半径一キロ内の処女を見境なく興奮』させることがわかりました。結果として、魔法少女の能力を向上させていたのですが、上がり幅は個人差があります。現状ではサイネリア・ファニーの二倍が最大値です」

「ありがとう。君自身はどうだい?」

「通常時の六割増しほどでした。状況が許せば、向上を望めそうですが」

「状況?」

「はい。後ろから抱きあげられて彼の『俺の仰角』が背中に当たるなど……おや?」

 会議室が静まりかえり、それに気付いた『少女の形をした者』が震えだした。

 隣に座る同僚が慣れた様子で『お薬』を手渡す様から、『これがかつての無口クール美少女なのか――』と全員が目頭を押さえて顔を逸らせば、副支部長は、

「まあ、これ以上にない有用性があるわけです」

 本題を切りだす。ササキのギフトの問題は、その有用性にあるのだ。

「想定される問題は、とりあえず三つ。

 一つは、広範性と無差別性から、一般の方に彼の能力が露見した場合、確実に問題視されます。生まれたての赤ちゃんの心拍数が上がるとか、恐怖ですよね。

 二つは、組織内の運用について。実情がわかれば、本部召集も視野に入ります。彼や現パートナーの意向から、軋轢が考えられます。

 三つ目ですが、おそらく最大の懸念です」

 くわえていた煙草を握るようにして唇から離し、

「組合に所属していない魔法少女……つまり、秘密結社に与する彼女たちの能力までも向上させるでしょう。現にテイルケイプには、出向ではありますが、三人組の『小悪魔系アイドル魔法少女グループ』が所属していますから、目下の問題ではないかと」

「ですな。知らずに接触したなら、こちらが苦戦するばかりでなく、街への想定外の被害が出かねませんな」

「その辺りは事前協議。事前協議が必要でしょうね」

 首脳陣三人は『とりあえず今回は報告で対処に関しては各所の協議から』という結論を出したところで、一言も発せず悩み続ける支部長へ視線を集めた。

「どうしました、支部長。何か問題が?」

「いや、副支部長。さきの最大の懸念についてだがね」

「秘密結社側の魔法少女について、ですか? 確かに彼女たちの能力は向上しますが……」

「その、仕事の難度が上がる、ということではなくてな。もっと根源的な話なんだ」

 この懸念は、ササキの『ギフト』とはまったく関係ないもので、

「向こうの能力向上が懸念される、ということは、現場に彼女たちとササキくんが対峙しているということだね?」

「まあ、基本的にはそうですね」

 龍号は己の想像に身震いし、しかし『歳を取ったせいの心配性』とは振り払えなくて、

「十四歳の少女を相手に、彼はどんな戦術を取るだろうか」

 スタンスは『殴って良いものは全力で殴打』で、サンプルは『妙齢の女性のこめかみに鉄パイプでバックアタック』だ。

 会議室に『やべぇ』の空気が張りつめ、凄惨な想像を誰もが口にできない。

 各々の数分に及ぶ解決の思索も失敗に終わったため、結果『就労法の関係から彼女らの活動は昼だけなのでアレは夜の部にしまっておこう』という『臭い物に蓋』的先伸ばし結論を以て、緊急の会議は幕を閉じたのであった。

 

      ※


 ミナト工業営業部の仲・大介は、その日は珍しく、夕方三時に帰社していた。

 販路や資材の確保など、もともと県内どころか国内にいること自体すら珍しい職場であるが、今日はたまたま飛行機のタイミングが合わず、会社に顔を出すことにしたのだ。

 助手席の鞄を手にするとくわえ煙草を揉み消し、週末夕方の本社駐車場へ。

 工場職員の車両を収めるため、駐車場は広大だ。

 事務所までの道のりに息をつきながら、坊主頭を撫でると、

「おお? 彰示?」

 中学校以来の友人の姿を見つけ、怪訝に首を傾ぐ。

 佐々木・彰示は事務員で、定時は五時だ。午後四時に駐車場にいるはずがない。

 なにかあったのかと声をかけようとして、

「あいつ何を見て……住宅情報誌?」

 とかく、混乱する状況であった。


      ※

「駅前に部屋を借りる? お前、あの家売るのか?」

 大介の厳しい声に、彰示は穏やかに首を振る。

「ちゃんと聞けよ、大介。そんなだから、高校時代に暴走族殴ることになったんだぞ」

「やめろ。その話は、二度とするな。俺は今、地位も名誉も賞与も家庭もあるんだ。だいたい、殴ったりチャリンコで轢いたりしたのは、全部お前だろ」

「盗んだ重機でバイクをまとめてスクラップにしたこと、俺は忘れてないぞ」

「お前が『どんな手を使ってでも平和を守る』とか言ったからだろ」

 肩をすくめて見せると、おあいこだな、と相変わらずの人懐っこい笑いを見せてくる。

「で? 家、どうするんだ?」

「どうもしないよ。俺だけの家じゃないんだ。妹が大学を出るまでは、そのままさ」

 彰二は少し逡巡し、口の堅い友人であれば教えても大丈夫かと頷いた。

「大きな声じゃ言えないんだけどな、ちょっと夜に人の手伝いをしているんだ、今」

「おいおい、バイトか? ばれたらクビだぞ」

「一応、先方の代表がウチの会長と面識あって、話は通っているらしいんだけどな」

 大丈夫かそれ、と心配してくれる友人だが『三十歳童貞なので街を守るボランティアをしている』と、なかなか正直にはなれない。

「あがりがだいたい十二時前後。事務所が駅前だから、ウチからだと微妙に遠いだろ?」

「で、駅前の賃貸か」

 納得しがたい様子ではあるが、友は顎をしごきながら、

「ま、体は壊すなよ?」

 肩を軽く叩き、受け入れるように微笑んだ。そこで思い出したように、

「ああ、駅前に行くなら気をつけろよ。ラジオで言ってたぞ」

「何かあった……っ!」

 遮るように、遠くで爆発の光と音。

 あれは、確かに駅前のほうだ。

「『プリティ・チェイサーとグローリー・トパーズの戦闘』が発生しているんだと」

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