5:だから聞いてほしい
「これはひどい……」
組合への第一報は、午後九時四分だった。
九時前後に、操作を誤った大型ダンプが現在補修作業中の本所大橋に激突。消防と警察への連絡ののち、仮設足場崩落の可能性が発生したため、同時刻で出動が可能だった『サイネリア・ファニー』と『ジェントル・ササキ』が現場へ急行。
二人が、本所大橋に到着したのは九時十三分。
すでに到着していた緊急車両の赤いパトランプたちが夜の街を照らしており、近所の野次馬たちが警察に押し戻されて、騒然とした状況となっていた。
ひしゃげたダンプ、崩れかけて揺れる仮設足場、押し曲げられた欄干。
破壊の風景に、サイネリア・ファニーは足を止めてしまった。
呆然と口元をおさえる彼女を追い抜いて、ササキは混乱する人波を掻き分け、消防隊のもとを目指す。
「ひぃ! ジェントル・ササキだ!」
「握りやすい重量物を隠せ!」
「頭を低くして道を開けろ! 子供には見せるんじゃない!」
……えらくスムーズですね、ササキさん……
相棒の『名声』が作った人垣の通路を駆けて、スーツの背中を追いかける。
待ち構えた消防隊と、すれ違うように二、三の言葉を交わすと一目散に橋の中央へ。
「あ、の! ササキさん! どうするんですか!?」
「足場がいつ崩れてもおかしくないから、運転手の救助が出来ない! 現場はすでに規制されて最終的に足場は崩れても大丈夫だから、俺たちの仕事は時間稼ぎです!」
ダンプの付近で足を止め、頭上を振り仰ぐ。
彼の視線を追えば、半月を隠すように揺れる、崩れかけの仮設足場。
単管パイプを止める接合金具が弾け飛んだらしく、右と左で半分にわかれ、それぞれがすだれのように垂れ下がっている状況。彼らを支えるのは、やはり接合金具のみで、バランスを失った現状では心許ない。
時折、力尽きた部分から単管パイプが放たれ、アスファルトに叩きつけられる。
時間がないことは、文の目にも明らかだった。
「時間稼ぎと言っても……あの形状だと一部を支えても、他が落ちてしまいますよ」
「支えるための足場も無いから、空でも飛ばない限り難しいね」
なら、どうすればいいのか。
自分が思いつくことといったら、トラックの運転手を自分たちで救出してしまう、というところだ。しかし、車両が足場の根元に食い込んでいるため少しの動きで崩れるリスクがあり、ササキはそのリスクを許容できないのだろう。
どうするつもりなのかと目をやれば、彼はしゃがみ込んで、なにやら拾い集めている。ポケットから取り出した『ジェントル・ササキの予備マスク』にそれらを詰め込みながら、
「君の出番だ、サイネリア・ファニー」
「え?」
「君の『ギフト』で、足場を繋ぎとめるんだ」
袋の中は、崩れた際に落ちてきたボルトやら接合金具やら。
「抜けかけているパイプを入れ直し、弛んでいるボルトを締め直す。ある程度固定ができたら、俺が上まで飛んで、たわんでいる部分を持ち上げるから」
「ちょ、ちょっと待ってください!」
彼は、私の『ギフト』を過大評価している。
「わ、私が操作できるのは、せいぜい一メートルくらいなんです!」
慌ただしかったササキが、その雰囲気ごと静止した。
確かに、伝えづらいことだし、色々あったから詳しいスペックを伝えてはいなかった。
……呆れて、ますか?
『ポリ袋のマスク(いつのものなのか返り血が付いている)』越しだから、読み取ることができなくて、不安を覚える。いつも、どうでもいいことは無駄にはっきり伝わるが。
だけれども今日は『後悔への向き合い方』を、昼に確かめたのだ。
組合で顔を合わせた途端の出動だったので『相棒と話をする』という目的はまだだが『話をする時』にちゃんと、相棒の顔を見ていられるようにしたい。
ぐ、と手を拳に作ると、
「が、頑張りますから! なんでも、言ってください!」
……急に前屈みになられると、いろいろと顔を見られなくなってしまうんですけど。
※
「見てください、支部長」
澪利の無機質な声に、支部長は髭をしごきながら目を細めた。
事務員が差すモニターには、猟奇的な風体の魔法使いが恵体な魔法少女を背負って、崩れかけた足場を蹴りながら跳びまわる様子が映っており、
「なるほど。ジェントル・ササキの『コモン』は平均以上だ。身体能力を向上させたなら、技術による体重操作もあの域に達するか。その上で、サイネリア・ファニーの『ギフト』を生かして補修をしている。少々力任せだが、考えたものだ」
「その辺で拾ったパイプで足場ごと薙ぎはらうかと思ってたんですが」
「そうなると、川の藻屑になる足場と損傷する橋の補修費があるからね」
ササキは破天荒で無軌道だが、かなり注意深い青年だ。
明らかに『殴って良い物』しか殴りつけない。そのぶん殴る時は躊躇いなくフルパワー全開なのだが、あれ、それって大丈夫なのかな? 主に人間として。
考えていると怖くなってくるから、とりあえず後回し。
「ちなみに澪利くん。あの状況で、君ならどうする?」
「そうですね。手の平を使うことを提案します」
「?」
「要するに『右』を右手、『左』を左手の手の平で支えてもらうんです。バランスが悪かったら掴んでもらって結構ですし、むしろ期待しますが」
……平然と下の話を放り込んできて、全部『ガチ』とか、この子はもう……
不憫さに熱くなった目頭を抑える。組合のせいでは無いと思うが、そうなると彼女は『この星に生まれた時から不憫』になってしまうので、括りとしては『魔法少女組合の犠牲者』にしておくほうが妥当だ。
「後ろから抱きあげられて背中に『当たっている』のもなかなか……おっと涎が」
主に、支部長である自分の精神衛生上においては。
※
作業の流れは、
○ササキが自分を背負って、足場の最上部までジャンプし、一段ずつ降りてくる。
○降りながら『ギフト』によって、足場の単管パイプらを固定していく。
○下まで来たら、別列へ移動。
である。人命救助のための応急処置だから、とにかく速度が第一だ。現在、作業開始から三分が経過して、右列の四分の三まできた。
意識を尖らせながら、着地のほんのわずかな反発に合わせて、力を振るう。
パイプが回りながら金具へ収まっていき、さらにボルトを回して締め付ける。
「順調だね」
パイプを一段降りながら、ササキが『マスク』の口元を揺らす。
「なんだか、今日は調子がいいんです」
「それは何より。よし、次だ」
絶妙な体重操作で、自分を背負っているというのに、着地の負荷を感じさせない。これは彼の『コモン』が優れているというだけでなく、ササキ自身の技術が高いせいだ。
……『少々やんちゃをしていた過去』のおかげなんでしょうか。
そうなると『人間強くなるためには何かを犠牲にしないといけない、主に常識』であることが実証されてしまうのだが。
入れて、締め、次へ。
「次で最後だ」
アスファルトに着地しながら、ササキは遠巻きの救助隊へ合図を出す。もう片面が残っているが、そちらが終わり次第に救助を始められるようにだ。
やはり、周りを良く見ているし、次の状況を考えている。
すごいなあ、と感心しながら、パイプを固定すると、
「終った? じゃあ隣だね」
彼は、自分を背負ったままステップを踏むと、ぐ、と体を沈めこんで跳んだ。
本所大橋の最上部を目指して。
「あの、ササキさん。聞いてもらえますか?」
春の夜風が頬を裂くなか、ウィッグを押さえながらサイネリア・ファニーは問う。
「うん? 何をだい?」
応える声は、やはり風に裂かれているが、それでもはっきりと届いてくる。
「私が、魔法少女を続ける理由です」
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