3:比較論上での組合による犠牲者
声の主は、幼い顔つきや華奢な手脚から、一目で中学生だとわかる。
ただ、大きな瞳は強い光と屈託ない自信、そして年不相応な気概が溢れており、
「誰かと思ったら、サイネリア・ファニーじゃない」
それらの何一つも持っていない文は、彼女のことが苦手だった。
四つも年下の子に萎縮を覚えながら、
「あ、あの、うるさかったらごめんなさい、湊さん。私たち……」
「ちょっと!」
「ひぇ!? な、なんですっ?」
「業務中なんだから、作戦名で呼んでもらえない? その辺りの意識の低さが、実績に直結しているのよ?」
「す、すいません……」
実績の話をされては、文に返せる言葉はなくなってしまう。
なにせ、目の前の少女は、
「
自分とは、住んでいる世界が違うのだから。
※
湊・桐華は、十四歳にしてベテランの魔法少女だ。
七歳の時に初陣を飾り、高い『コモン』能力と電撃を操る派手な『ギフト』を武器として、一年目で本所支部の実績首位に躍り出た。
行動力や発想力そして弛まぬ努力で、数々の秘密結社を撃退し、緊急出動に応じ、精力的な活動も相まって七年の間に全国区の魔法少女となったのだ。
「ああ、グローリー・トパーズ。俺でも知っていますよ」
「いろんな雑誌でインタビューも受けていますし、県外での活動も多いですからね」
当然だろうと、桐華は腕を組んで胸を逸らす。
自信と、自負、そして矜持がある。
年下に放言されて顔を沈める、『あがり』の近いロートルとは、何もかもが違うのだ。
エースとして期待に応え、そしてさらに高見を目指さなければならない。
「サイネリア・ファニー、最近調子がいいらしいわね」
「え? あ、はい……」
「そちらの、ササキさんのおかげかしら?」
え? と、眼鏡の奥の目を丸くするサイネリア・ファニーから、缶コーヒーに口をつけるスーツの男性へ目を向ける。
「初めまして、ジェントル・ササキ」
「ああ、これはご丁寧に。こちらこそ、初めまして」
「一度お会いしたかったの。落ちこぼれの彼女が上り調子なのはあなたのおかげでしょ?」
デビュー前に、詳しいことは聞いていないが、その辺に転がっていた鉄パイプ一本で、テイルケイプ最高幹部のテラコッタ・レディを無傷で撃退。
正式に魔法使いとなってからは、詳しいことは聞いていないが、その辺に転がっていた角材やビールケースを使って、二度にわたってテイルケイプの活動阻止に成功している。
他にも救助活動をいくつか、問題なく解決していることもあり、
「現場にあるものだけで『ギフト』も使わずに、創意工夫で問題を解決する能力。
私は、あなたのことを、あなたが思う以上に評価しているわ」
※
……創意工夫とか、この子、綾冶さんと佐々木さんの活動状況を見たことないんですね。
拾った物で殴りつけるチンピラスタイルを見たら、出てくる言葉ではない。
……確かに、殴りやすい物の見つけ方や殴り方から、工夫は見えますけど。
※
「俺は、褒められるようなことをしていないよ、グローリー・トパーズ」
彰示は、困惑に肩をすくめながら本心を伝える。
新人である自分は、自覚はないが、空回りすることが多い。テラコッタ・レディとの一戦を皮切りに、出動の度、相棒が泣きそうになりながら苦言を呈してくるのだ。
自覚がないから、どこを治せば良いのか分らないのだが。
だから、自分は魔法少女の相棒としてはまだまだ、胸を張れるものではない。
「いつも、必死に、全力で、出来る限りのことをこなしているだけなんだ」
幼い少女の過大評価を正すために、静かに語りかける。
隣の澪利が、自身の『無表情』を『こいつ正気かよという疑いを張りつけた無表情』にしているが、何故だろうか。
自分が未熟であることを伝えたのだが、桐華は口端を鋭い笑みに造ると、
「なるほど。謙遜も上手で、向上心も十分なのね」
勘違いの解消は、失敗したようだった。
さて、ならば、目的のためにはどんな言葉が必要であろうか。
顎に手を当てて思案すれば、
「ふぅん……」
少女も、細い顎に手を当てて、思案の声をこぼした。
強い瞳は、上から下へ、そして上へと、彰示を値踏みするように行き来する。
何事かと様子を眺めていると、
「ジェントル・ササキ」
組んでいた腕をほどき、ほっそりとした指先をこちらに突きつけて、
「私のパートナーにならない?」
※
……は?
文は、うつむきがちだった顎を弾かせるように持ち上げ、意味の取れない言葉をつくる少女を見やった。
口元は獰猛とも言える笑みを造っているが、瞳の光は真剣なもの。
つまり、半ば以上には本気の言葉なのだ。
「あなたの能力と意識の高さなら、私と組めば全国トップも現実に近づくと思うの」
「ちょ、ちょっと待ってください! 本気なんですか!?」
わかりきっている質問だが、動転する文は、口にして確認してしまう。
「冗談で、こんな波風を立てるわけないじゃない」
「そんな……! そんな勝手が……!」
「確かにコンビの斡旋は組合に任せられているけれど、解消も、指名も、組合員個々の判断で出来るのよ? 当然でしょ」
「……静ヶ原さん?」
「組合、を名乗っている以上、魔法少女と魔法使いを取りまとめることはしますが、個々は基本個人事業主になりますから。業務に関して、指導はしますが命令はできません」
「そんなこと、サイネリア・ファニー。あなたの方がよく知っているでしょうに」
「え?」
「あんな頻繁に相棒が代わっているのに」
言葉に詰まる。
そのとおりだ。
思い返せば、一言もなく関係が終わった相棒もいる。愛想を尽かされて去られたことも。
考えてみれば、話題の事例に関して最も接した機会が多いのは自分だろう。
納得をして、それから恐怖。
この一週間で、彰示が彼らと同じ思いを抱いたとしたら?
そうでなくとも、実績の高い桐華の誘いに魅力を感じたなら?
……それは、嫌です……
少なくとも、信頼できる相棒なのだ。別れることなんて、嫌だ。
だけれども、彼はどう思っているのだろう?
ちら、と彼を見やれば、眉根を寄せた困り顔。
「イケメンだし、あの猟奇マスクはやめましょ。それなら、私と並んで雑誌の表紙も……」
「やめてください!」
思わず、声を上げてしまった。
人気のない日曜の休憩室が、しん、と静まり返る。
が、ほんのわずかな間だけで、鋭く硬質な声が反論を響かせた。
「そんなに、私の勧誘が気に入らないわけ?」
桐華の声と表情に、怒りが灯る。
「なら言わせてもらうけれど、私もあなたが気に入らないの! なによ、実績は低いくせに次から次に相棒を代えちゃって!」
「そ、それは……!」
「自分のせいじゃないって!? 甘えよ! あなたに『私の気持ち』がわかるわけ!?」
言い返せない。
怒気に呑まれたのもあるが、言い分の正しさと、さすがに気持ちはわからないからだ。
再び俯いてしまった額に、ぶつけられるように「ふん」と鼻を鳴らされ、
「あー……いいかな?」
間に入るように、相棒が声をかけてくれた。
助け舟をありがたく思うのだが、自分が情けなくて顔も上げられない。
彰示は、確かめるように、ゆっくりと言葉をつくる。
「憶測で喋るから、気分を害したなら謝るんだけれど」
「構わないわ。謝ってくれるならね」
「ありがとう。それで、今の言い方だと、君はどうやら相棒が頻繁に変わる綾冶さんのことが気に入らないんだろう」
「そうね。言ったとおりだわ」
「それは、君がそう出来ないことへの苛立ちだ。つまり君は君自身の現状に不満がある」
ゆっくりと、冷静に語りかける口調は、普段の彼のものだ。
文自身には思いもつかなかった桐華の訴えを、彼女の反応を見るに割と正確に言い当てる姿は、惚れ惚れとする。
思えば、
……初対面のこの雰囲気に、私は騙されたんですよね。
こんな語り口の人間が、クレイジーサイコだとは思いもしない。
「ここからが、核心なんだけど」
「……なにかしら?」
「不満の原因というのは」
彰示が少し言い淀み、しかし『確かめないことには話が進まない』という様子で、
「その『君の足元で仰向けに寝転がりながらスカートの中を撮影している、シャツの上からもセルライトが確認できる、バンダナ眼鏡指抜きグローブを着用した三十代半ばほどの童貞と思われる男性』じゃあないだろうか」
※
彼は、ひどく冒涜的な擦音をたてながら、背中で床を這いまわっていた。
黒々と不気味に光るファインダーは、つねに少女のスカートの中に定めながら。
その異様な生物に、彰示は触れて良い物なのかどうか、判断がつきかねていた。
なぜなら文や澪利、足元でシャッターを切られている桐華まで反応を示さないからだ。
幽霊の類を見ているのでは、と背筋を凍らせながら、なるべく平静を保って確かめる。
それまで不遜だった少女は、彰示の言葉に表情を歪め、瞳を涙に濡らし、
「その通りよ! この五年でみんな慣れちゃって『ご覧の有様』よ!」
……良かった! 彼は人間で、皆に見えているんだ!
大きく息をついて、額の汗を拭う。
「あの方は
「……引きこもりが魔法使いデビューということですか?」
「はい。そのため、魔法少女のサポートという役割が難しく、単独で問題解決ができる、能力の高い桐華さんが受け持っている、という形です。魔法使いの側でサポートしている文さんとは逆のパターンです」
なにか、どれもこれも本人の前で言っていいことじゃないと思うが、まあ、全員平気な顔しているから大丈夫なのだろう。
「その子が嫌いな理由、わかるでしょ! こんなのが相棒なのよ!? いくら変更希望を出しても受理されないし! 待機室に入りこんでくるし! たまに着替え無くなってるし!」
「滑山さん、ちょっとそれは……私のを差し上げますから、桐華さんのは……」
組合職員としての矜持だろうか。澪利がたしなめるように提案すると、
「…………」
スカートの中へ向けて切り続けられていたシャッター音がぴたりと止まり、仰け反るように美少女のような姿の組合員へ向けられ、
「…………」
向けられただけで、スカートの中の撮影に戻っていった。
「……静ヶ原さん?」
「だだだだいじょうううううぶぶぶででです。ききききににしししてませせせん」
震えだした敗者に、ワンカップの封を切ってやった。
「こいつで三人目の相棒だけどね! 私、デビューからずっと、こんなのばっか! たまには、あなたみたいなまともなイケメンとコンビを組みたいの!」
「さっき君が言っただろう? コンビの解消やら指名はできるんじゃないのかい?」
それに関しては『お薬』を口端からこぼしたままの組合員が答えてくれた。
「何事も例外はあるんです。桐華さんは上方向の例外、滑山さんは下方向の例外と」
なるほど、わかりやすい。
「変更が無理だとしたら、君が彼を教育したらどうだろうか」
「試したわ! そしたら息を荒くして『その靴で踏んでくれ』て言い出したのよ!?」
「……滑山さん、喋れるようになったんですか。衝撃です。報告しないと」
「何に驚いているの! ササキさん、聞いた!? 組合はなんだか私に厳しいのよ!」
涙目の少女が地団駄を踏むと、そのうちの一発が社会不適合者の肩口を踏みつけ、
「ぶひいぃぃぃ!」
突然の歓喜の声に驚いて、桐華がバランスを崩して腰から転んだ。
「もうやだ! 日曜の午前中だってのに!」
勢いのまま立ち上がると、桐華は半泣きで駆けだした。
滑山・要もその翻るスカートを、床を背中で這いずりながら追随していく。
取り残された側は、
「エースは大変なんですよ。元エースだからわかるんですが」
「比較的、組合事情の犠牲者に思うんですが」
感心したり、不憫に思ったりする中、彰示が気にかかるのは、
「…………」
俯いて、言葉を失っている相棒の姿だった。
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