5:目的に直線的で容赦ない感じ

 全国に拡散する数多の『悪の秘密結社』が持つ能力には、それぞれ特色がある。

 薬物や外科手術で身体能力を底上げしたり、軍需技術を転用した外付けデバイスで交戦能力を向上させたりと、多岐にわたるのだ。

 本所市に根城を置く『テイルケイプ』も、とある海外スポーツ用品メーカーから技術提供された『繊維型運動補助機構』という、県内では唯一の特徴を持つ。

 自然な服飾にパワーアシスト機構が搭載され、装着者の運動能力を二〇〇%以上向上させたうえ、さらに繊維そのものが持つ強度から対刃、対衝撃性能もあり、並の警官隊では相手にならない能力を獲得しているのだ。

 そのため魔法による身体強化を可能とする魔法少女、魔法使いでなければ正面から渡り合うことは難しいのが現実であるのだが、相互の能力関係は、つまり、

「つまり『生身の男性が生身の女性を不意打ちから鉄パイプで殴打した』のと同等、と」

 オペレーター席で状況を見守っていた静ヶ原・澪利は、背後の支部長へ確認をとった。

 目の端に白目を剥く巨漢が入ったが、白目を剥くほど正解であるということ。

 指令室は、オペレーター席が二つに大きくもないモニターが六つ。本所支部の活動規模を表す、こぢんまりとした設備だ。今は夜間であるため、自分一人が業務に当たっている。支部長は、連絡を受けて飛んできたのだ。

 澪利は、自分の視線を白目のおっさんから、監視カメラを利用した組合用のライブモニターへと移した。

 状況は『おっぱい半分放りだしている魔法少女が、ポリ袋を被った猟奇犯罪者風の男性をアスファルト正座で説教しているが、彼は小首を傾げて理解に苦しんでいる』のところまで推移していた。

 監視カメラなので、何を言っているのかまではわからないが、彼らの傍らには気絶するボンテージ姿の女幹部が倒れており、

「私も十年以上この業界にいますが、こんな酷い絵面は初めてですね」

「し、静ヶ原くん、彼らに連絡は取れるかな?」

「佐々木さんは正規の出動ではないので、通信機を持っていません。サイネリア・ファニーは何度か試しましたが不通です。おそらく忘れたんでしょう。そそっかしい子ですから」

「なにかな? 繁華街ど真ん中のあの状況を、我々は指をくわえて見ているしかないと?」

「遺憾ながら、今から現場に急行したところで何をどうしろと? 野次馬の皆さんどん引きで、空気は最悪ですが。ちなみに、ここ見てください」

「テレビクルー、だね」

「これ、民放で放送されたら、苦情が殺到する気がしませんか? あ……言ったそばから中継が始まりましたね」

 隣接する事務所でけたたましく電話が鳴りはじめ、重ねるように、支部長の両膝をつく乾いた音が響いた。


      ※

「警察も、背後から無警告で犯人を撃ちませんよ!?」

 三十歳童貞への説教は、おおむねその一言に集約される。

 魔法少女や魔法使いが持つ権限は秘密結社相手などに限られたもので、関係する各署からは何段も落ちるところだ。

 ただ、新人魔法使いはその辺りが理解できないらしく、

「うーん……魔法少女の実績は、彼らを倒すことで稼ぐんですよね?」

「活動を阻止することで、です! 命を奪ったらダメなんです! 悪の女幹部も日本国民で、基本的人権を有しているんですから!」

「なら、一撃加えた方が手っ取り早いですよ。あれぐらいじゃ、人は死なないし」

 だめだ……!

 良くない……!

 これは良くない……!

 待機所で会話した印象は、破天荒だがこちらに気を使ってくれる『優しい理性的な頼れる男性』だったが、それは彼の『性質からくる結果』であり、本質は、

 ……これは『目的に対して直線的で容赦ない』な感じですよ!

 サイネリア・ファニーは、悪寒に全身を身震いさせる。

 よく言えば『何事にも全力』という美点に聞こえるが、

 ……一般的に言うなら『手段を選ばないヤバい奴』じゃないですか!

 そして、そんな彼が『明日から自分の相棒』という事実に震えがくる。

 けれどこの人は、落ちこぼれで、年齢的にもギリギリな自分の相棒を、驚くほど好意的に務めてくれると言ってくれたのだ。

 ……私が、頑張ればいいんです!

 拳と覚悟を結ぶと、瞳に力を込めて、正座の佐々木を見据え直す。

「あの! ささ……き、さん……?」

 すると、彼はいつの間にか野次馬へと視線を向けており、彼女も目を追わせると、

「やべぇよ、あの新人魔法使い……」

「風体もやばいが、言動がセメント指向だぞ……どこの戦場帰りだよ……」

「組合も人材不足で、ついにクレイジーサイコキラーを投入か……」

 ……空気が冷えっ冷えですけど!

 なんせ『成人男性』が『成人女性』を『背後』から『鉄パイプ』で『全力殴打』した現場を目の当たりにしているのだから。自分だって引いてる。躊躇いとかないのかな?

 しかし、魔法少女『サイネリア・ファニー』としては、この空気を纏めて、現場が収束したことを示して撤収しなければならない。普段なら、目的を達したところで秘密結社の皆さんが捨て台詞を言いながら帰っていくので、そこで収束宣言を出せば終わりなのだが、

 ……テラコッタ・レディさんはご覧の有様で、その加害者は目の前に正座していて、どうすればいいんですか、これ!?

 遅まきながら状況を理解し、目を白黒させると、

「……っ!」

 正座の佐々木が、素早く膝立ちに移行し、鉄パイプを握り直す。

 臨戦の構えを取ったのだ。

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