4:悪の秘密結社の女幹部だってギリギリ
本所市は、異様なほど広い山と土地があるとはいえ、十五万人都市。
平日であっても、駅前繁華街から人気が絶える、などということは休み明けぐらいだ。
近年では、巨大な文化会館が完成し、各種イベントから繁華街へ流れる人足が増えたために、傾向には拍車がかかっている。
艶やかに照らされる店舗案内の光が強まるほどに人足は増え、しかし、
「ほーほほほっ! 全ては、頭領『テイルケイプ』様のために!」
「任せてください、テラコッタ・レディ様!」
「手元のキスマーク入り名刺二百枚、二時間で配ってみせまさあ!」
「貰った宣伝費以上の働きを見せつけまさあ!」
悪の秘密結社も、活動を密とするのだ。
本所市に唯一存在する『テイルケイプ』は、戦後に発足した古い活動団体だ。
頭領の名前と組織名が同一であるという、地方弱小組織のテンプレートのような看板を掲げており、実際に小規模な組織運営ながら、息長く続いてきた経歴がある。
「ふふ、愚民ども! 我らが蛮行に慄くがよい!」
テラコッタ・レディは、その弱小組織の最重要幹部だ。この十年くらいずっと。
トレードマークの暗い赤色のマントを翻す扇情的な禍々しい姿は、本所市の人間で知らない者はおらず、
「テラコッタ・レディさんだ! いつ復帰したんだ!? あ、名刺いただきます!」
「二度目の産休は、さすがに引退かと思ったけどな! あ、名刺いただきます!」
「課長、俺、子供の頃に握手したことあるんですよ! あ、名刺いただきます!」
「あれで、三十路の二児の母……! あ、名刺いただきます!」
「止めて。テレビ局の人たち、ちょっとカメラ止めて」
……構成員の皆さんも、握手しているんじゃありません!
※
二十六歳で地方公務員の旦那と結婚し、三年後には長男『隆司』を出産、そのさらに三年後に二男『祐二』と子宝に恵まれ、幸せな家庭を築いていた。
只一つ、本人が悪の女幹部『テラコッタ・レディ』であることを除けば。
……隆司の時も祐二の時も『産休願』じゃなくて『退職願』を出したはずなのに!
ひょんなことから新卒で所属することになった悪の組織であるが、今年で三十三歳。バタフライマスクにボンテージファッションは、諸々のお手入れや世間体やボディラインの崩れ的に厳しいものだ。誰よりも、その自覚はある。
誰よりも、だ。
しかし、幾度もの離職希望は、組織の人手不足から一度たりとも受理されていない。頭領の『テイルケイプ』に、土下座で引きとめられている現状である。
……悪の女幹部を、派遣の子やシルバー人材で賄えないのはわかるだけどねぇ……。
後任の確保は急務であり、切実だ。
桃子も、しかし手をこまねいているわけではない。幸せな主婦生活のため、さまざまな勧誘活動を行っており、一番に目をつけているのが、
「待ちなさい、テラコッタ・レディ!」
サイネリア・ファニー、通称『本所市で一番股間に悪い魔法少女』である。
※
なにせ、十八歳になって夜間業務に従事できるようになった途端、夜勤に回された逸材だ。
まあ、おっぱい半分放り出して、短いスカート翻しているんだからしょうがない。
……若いし、あのスタイルだから、ボンテージも映えるでしょうねぇ。
半分羨みながら眺めていると、繁華街の群衆がどよめき、幾人かが前屈みに。
同伴させた三人の構成員はどうかと見やれば、名刺を配る手を止め、
「相変わらず、ですね……」
「素晴らしい、ですね……」
「人体の神秘、ですね……」
マスク越しでもわかるくらい、職人の眼差しで彼女を眺めていた。
万人が目を奪われる、彼女はそれほどの逸材である。
魔法少女としての実績が低いが。
「来たわね、サイネリア・ファニー!」
見惚れ、将来に思いを馳せるのもそこそこに、仕事へ戻る。
悪の秘密結社は、いかなる時も魔法少女たちの敵でなければならないのだ。
「だが、一足遅かったわね! 名刺はもう、ほとんど配り終わったところよ!」
「……え? そ、それじゃあ、私はどうすれば……」
……真面目というか、頭が固いというか、ねぇ。
ちゃんと見れば、構成員の手元に結構な量の名刺が残っていることに気がつくだろうし、そうでなくとも、そもそもの目的は『悪の結社による活動を止めに来た』のはずなのだ。
年齢で言ったらベテランだが、いろいろと融通が利かない面が多い。組合内での評価が低いことは知っているが、能力の不足以外も理由になっているのだろう。
事実、おたおたするサイネリア・ファニーに、前屈みがちだった群衆が、
「おいおい、どういこった?」
「魔法少女と悪の女幹部ガ、チンコバトルが始まるんじゃなかったんですか!」
「……はーい、青空裁判を開廷しまーす。判決ぅ……」
「死刑!」
「死刑!」
「無罪!」
「死刑!」
「いま無罪言った奴も引きずり出せ!」
魔女裁判に移行しつつあるんですけど。酔っ払いってのは、本当に……
混乱する現場に、さらにおろおろとする魔法少女。
さすがにかわいそうであるし、何度も言うが、悪の秘密結社はいかなる時も魔法少女たちの敵でなければならない。
もう少し具体的に言うと、彼女達がいなくなったり味方になったりしたら、悪の秘密結社というビジネスモデルが崩れるのだ。
今日の仕事を例に取ると、
○複数の飲食店から、宣伝の依頼を受ける。
○結社の活動として、名刺を配る。
○魔法少女が駆けつけて、こちらとバトルになる。
○メディアが取り上げて、クライアント満足。
この流れなので、魔法少女の存在で成り立たっている。すでに現場入りしている局スタッフだって、彼女達が駆けつけなければ、ニュースにも取り上げないだろう。
悪の女幹部は出来る限り尊大に、助け舟を出してやる。
「ふふ! 飛んで火に入る夏の虫とはこのことよ! 今日こそ、あなたを捕まえて、ボンテージファッションの似合う、悪の魔法少女にしてあげるわ!」
「ボンテージ……!」
「悪堕ちだと……!」
ちょっとだけ漏れてしまった本音で、遊びはじめていた群衆がまた前屈みに。
緊張で周りが見えていないサイネリア・ファニーは、そんな『隆起現象』に気付くことなく、拳を胸にあてながら宣戦する。
「そんなことはさせません! あなたこそ、改心させてみせます!」
「覚悟するのよ、小娘が! 行きなさい、構成員の皆さん!」
内心、うまく誘導できた自分を喝采しながら、残りの消化作業の内容確認と、
……この調子なら、スーパーが開いているうちに帰れそうねぇ。
明朝の団欒の、大切な家族の笑顔を思い描きながら、マントを翻してみせた。
※
……なんとか、バトルに持ち込めましたよ!
文は、鎮圧用スタンロッドを取り出しながら、とりあえずの安堵をおぼえていた。
……今日は、上手に事件を解決したいんです!
今は一般市民による生垣がリングとなり、『テイルケイプ』の構成員たちと対峙している。
まずは彼らをどうにかしないと、後ろで不敵に微笑むテラッコタ・レディには届かない。
黒のボディスーツに赤い尻尾という姿の三人が、囲むようににじり寄り、
「ふはは! 初めましてだな、サイネリア・ファニー!」
「俺は一週間ぶりぐらい?」
「え、なんで? 俺も初めまして、なんだけど。なんでお前だけ?」
「そうだよ、なんでお前だけ!」
「いや、彼女の夜の部デビューて聞いたからさー、シフト代わってもらってさ」
「おいおいおいおい。こいつぁ、青空裁判開廷しちゃいますよ? え?」
「普通に通報もんじゃね? 俺ら、悪の秘密結社だけど、未成年にそういうのは、え?」
「まてまてまて落ち着け落ち着け、ステイステーイ。ほら、ここ、見てみ?」
「痣、ですな」
「これね、その時のキックの痣。あれ、あのブーツよ」
「おいおいコヤツ、自慢をおっぱじめやがりましたよ!」
「……すみません、いいですか?」
「え? ああ、はい?」
「始めても、良かったんですよね……?」
何かこう、自分そっちのけで雑談がスタートし始めたので、一応確認を取ると、
「「「……!」」」
三人は衝撃を受けた様子で顔を寄せ合い、
「マジかよ。最近の子なんか黙って一撃してくるぜ……!?」
「俺らの雑談て、それ狙いのところもあるしなぁ。さすがに、女の子は殴れんから」
「この痣ついた時ね、痛かったらごめんなさい、言われたぜ?」
マジかよ……女神か……どうする……と数語のひそひそがやりとりされると、
「決定しました。つまり、おっぱい触っても良い、ってことですね」
「え? え!? いや、ちょ……えいっ!」
過程が不明であるが身の危険を感じたので、スタンバトンを三発お見舞いしておいた。
崩れ落ちる、構成員たち。
能力に不足があるとはいえ、魔法少女のはしくれだ。幹部はともかく、彼らに負けることなどない。スタンバトンの出力も、少しだけ上げたし。
それに、今日はいつもと違う。
信頼できるパートナーが出来そうなのだ。
……見ていてください、佐々木さん!
決意を結いなおし、勢い鋭く顔を上げると、
「次はあなたの番です、テラコッ……タ・レ……ディ……?」
胸を反らせて見物している悪の女幹部の背後の人混みに、怪しい影を見つけてしまった。
※
コンビニのポリ袋を頭に被った、スーツ姿の男性。
「ふふ! 落ちこぼれとはいえ、腐っても魔法少女ね、サイネリア・ファニー!」
……いや、それどころじゃなくて、誰です、あの人……?
異様な風体に最初は恐怖だったが、まじまじ観察するとスーツに見覚えがあり、
……佐々木さん!?
驚愕に目を見開くと、ポリ袋をかぶったパートナー候補が『しーっ』と人差し指を、口にあたる部分に押し当てる。
……いや『しーっ』て……てか、それマスク代わりのつもりですか!? 完全に怖い映画の猟奇犯罪者ですけど!?
「……? どうした、サイネリア・ファニー?」
「あぇ? な、なんでもありませんよ! だ、大丈夫ですから!」
「いや、さっきからこっちのほうばかり見て……」
訝しんだテラコッタ・レディが、こちらの視線を追って、背後へ振り返る。
まずい、と思った瞬間に、ポリ袋は人混みの中へ体ごと隠れてしまい、
「……? なんだ、何もないじゃない」
彼女の視線が戻った途端、またポリ袋が生えてきた。
……いやいやいや! なんで、野次馬の皆さんは、その人に何も言わないんです!?
だいたいの理由が、さっきからボディスーツのおっさんとボンテージファッションの女幹部が、おっぱい半分放り出している魔法少女といろいろやっている様子を見て、感覚が麻痺しているせいだ。彼らが酔っ払いであることも、大きいだろうが。
しかし、なぜ彼がここに?
……もしかして、私を心配してくれて……?
粗末ながらマスク代わりにポリ袋を着用しているということは、いざとなれば飛び出すつもりなのだろう。
心配される自分を情けなく感じたが、同時に彼の優しさに喜びを隠し切れなかった。
力が漲るのがわかる。
……見ていてください、佐々木さん! 私、頑張ります!
「残ったのはあなただけです、テラコッタ・レディ!」
「ほーっほほほ! 私をそいつら下っ端と同じに見たら、痛い目に合うわよ!」
「あなたこそ! 今までの私と同じだと思ったら、おおま……ちが……」
啖呵の途中、見守っていたはずのポリ袋が、
……人混みから出てきましたよ! なんで、なんで!?
しかも、彼の歩みには『からから』と不穏な音が従っており、
……鉄パイプ! 鉄パイプを引きずってますよ! 完全に猟奇犯罪者です、これ!
絵面の恐ろしさに圧され、顎がガクつく。声が、出せない。
「……? やっぱり、何かあるの?」
……近づいてます! 近づいてますよ!
「ちょっとぉ、お化けとか駄目なんだから……あら? 何かしら、この音」
……どうして気付かれた途端に、鉄パイプを振りかぶるんですか!?
「後ろからね。何かしら……」
「逃げてぇぇぇぇぇぇぇ! テラコッタ・レディさぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!」
魂を振り絞る痛切な悲鳴は、しかし、報われることなく、
「きゃああああああああああああああああああああああああああああああ!」
アンブッシュに成功した魔法使いが、悪の女幹部の側頭部を、強かに一撃した。
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