2:魔法少女組合

 現代社会における『魔法少女』とは『魔法』を使用して自警活動を行う、組合に所属する少女たちの総称だ。

 活動は主に二つ。

 一つは、火事や事故などの緊急性の高い事案への協力活動。

 そしてもう一つは、各地に乱立する『秘密結社』への対応である。

 全国の組合支部数に並び追い越すような数の様々な『秘密結社』が、時に世界征服、時に欲望に従って、市民生活を脅かしている。

 彼らの野望を阻むのが、組合所属の魔法少女なのだ。

 そんな彼女たちの活動は、常に監視の中にあると言ってもいい。

 特殊な能力を振るう少女らの活動は、組合の記録として、またニュースの題材として、注目され記憶されていく。中には、メディアに流れる活動による警告放送を聞きつけて、集まってくる野次馬などもいるくらいだ。

 魔法『少女』の名前の通り、彼女たちは年端もいかない子供。未熟ゆえの失敗もあれば、勘違いだってある。

 とはいえ、積み重ねれば、組織管理の杜撰さが問題にされることは明白だ。

 三十歳童貞の『魔法使い』に求められるのは、彼女たちの相棒となり、

「知識や経験からのサポート役と、そういうことであるよ、佐々木君」

 ソファに対面で腰かける男が、爽やかに微笑み、口元の白髭をしごいて見せる。

 組合と、魔法少女と、そして要である魔法使いの概要を、丁寧に説明してくれた初老の男性は組合本所支部の支部長を名乗り、遅くに訪ねてきた彰示に対して嫌な顔せず、むしろ嬉々として紅茶を勧めてくれた。

 結局、自宅で行われたスカウト活動は、スカウトマンの度々の『お薬』投与で遅々として進まず、移動手段のない彼女を市の中心まで送るついでに説明を受けにきたのだ。

 豪華な支部長室への案内と、そこから現れた老人の風体はさすがに予想できなかったが。

 二メートルに近い体は、均整が取れて背筋も伸び、強靭な体幹を想像させる。

 肩幅も広く、胸板も彰示の肩幅ほど。

 肉体のパーツが驚くほど大振りな様は、男子の原始的欲求を刺激させられ、

「童貞のまま長年過ごすと、そんな体になれるんですか?」

「ふむ。確かに私は長年魔法使いだったが、体は三十歳当時から変わっておらんよ……そう明らかな落胆顔をしないでくれ」

 三十歳童貞がなれるのは『魔法使い』であり、筋骨隆々のアメコミヒーローではない。

 筋肉を惜しみながらも、

「仕事の内容は理解しました」

 工程やマニュアルの存在しない仕事だから、現場判断が重要になる。

 やりがいはあるだろう。

 だが、懸念も並んでおり、

「スカウトということでしたのでご存知でしょうが、私はサラリーマンです」

「もちろん、調べさせてもらった。勤め先であるミナト工業が副業を禁止していることも」

「会社を辞めろと、そういうことであれば考えさせてもらえませんか?」

 収入への不安だ。自身の生活だけでなく、大学に通う妹のこともある。

 支部長は立派な顎鬚をしごきながら、

「地元一番の、海外にも展開するミナト工業さんを退社となれば確かに不安だろう。なに、心配はいらない。前例もあるよ」

 活動そのものを『業務』ではなく『ボランティア』としてとらえ、『報酬』ではなく『謝礼』とすることで、副業規定の抜け道となるのだそうだ。

「勤務時間外の奉仕活動にまで、制限は設けていないだろうからね」

 ちなみに、ミナト工業の創始者とは旧知で、この辺のやりとりは非公式ながら承認も貰っている、とのこと。

「どうだろう。懸念のすべてとは言わないが、大きなところは解消したように思えるが」

「ええ。地域に貢献できる、やりがいのある仕事のようですし、おおむね加入の方向で考えさせてください」

「積極的でありがたいよ」

「今のやりとりを含む、規定や契約は書面でお願いします」

「もちろんだ。マスクのデザインはどうする?」

 魔法使いは三十歳童貞と同義だ。魔法少女以上に身元の隠蔽に力が入れられている。

 その一環が、組合から支給されるマスクで、

「あまりこだわりはありませんが……デザイナーお任せ、というのは?」

「わかった。任せてくれたまえ」

 支部長が差し出してきた手を握り返す。

「それで、加入の特典なんですが」

「……特典?」

 老人の眉間が疑問に寄せられ、

「静ヶ原さんが、自分の体を好きにしていい、と。自分はそういうのはちょっと……」

「待って。ちょっと待って」

 ビリー・ザ・キッドですら腰を抜かす早業で受話器をコールすると、

「童貞をスカウトに行って、非童貞にしてきたら意味なくない? いや、さきっぽはセーフとかそういう……君、また呑んでるでしょ?」

 気の短い人間なら声を荒げるところだろうが、さすが年の功、叱るさまも冷静なものだ。

 ちょっとだけ、目から頬にかけて能面みたいになっているが。

 

      ※

 書類や検査は後日、といったところで時刻は九時を回っていたが、

「せっかくだし、パートナー候補と会っていくかい?」

 魔法使いや魔法少女の業務状況への興味から、支部長の提案に甘えることにした。

 支部長の案内で訪れたのは、真新しい二階建ての建物で、

「一昨年に改築したばかりの、組合員の待機所だ。立派だろう?」

 一階ホールはロビー兼テラスになっており、奥にはいくつかの個室と給仕室。エアコンも完備され、彼が胸を張るのも頷ける。

 ロビーに掲げられた掲示板には個室の利用状況が記されており、そのうちの一つを確認すると、二人はエレベーターへ乗り込み、

「魔法使いのパートナーということは、魔法少女なんでしょうけど、どんな子なんです?」

「ふむ……年頃だから、繊細なところはあるよ」

「はあ。自分をスカウトに来た静ヶ原さんもかなり繊細でしたもんね」

「あれを繊細と言える君には、いろいろ期待できるな……君のパートナーの話に戻そうか。

 十八歳で魔法少女としてはベテランなのだが、実績が伴っていなくてね」

「能力面に問題が?」

 立派なひげをしごきながら目元を苦く歪ませる様に、支部長の悩みが見える。

「平均より劣っているのは間違いない。その自覚もあるものだから、現場で空回りを起こす」

「余裕がない、と。前のパートナーは?」

 老人のため息は、やはり苦い。

「能力面は申し分なかったが、気遣いのできるタイプではなかった。半年ほどギクシャクしながら組んでいたが、うちの事務員と性交渉をもって、そのまま引退したよ。二週間くらい前の話だな」

 彰示は唖然とし、すぐに言葉を作ることはできなかった。

 支部長の表情も理解できる。

 少女からしたら、自分との仕事の関係を顧みることがないまま、姿を消したのだから。

 社会人として、ちょっと近くには置いておきたくない人間性だ。

 だいたい、非童貞とかけしからん。

「その子の様子は?」

「大人しい、真面目な子だ。気にしてない様子で業務についているが、まあ、傷ついていないわけがない」

「相手を悪く言える性格ではないようですね」

「良い子、と言ったろう。まあ、そのあたりのケアも、君には期待しているんだよ」

 白髭が笑みに動いたところで、エレベーターが到着した。

 同時、支部長の携帯電話が着信を知らせ、

「ああ、すまんが彼女の部屋は一番奥になる」

 案内役の一時中断を伝えられた。

 では、と白色の照明に照らされた、清潔感あふれる廊下に足を運びながら、

 ……ケア、と言われてもなあ。

 今年で三十歳。勤め先の部署内では中堅となるし、新人教育の経験もある。

 大卒の新人が来るたびに『非童貞が!』と歯噛みし、また『童貞歴が伸びたな』と諦観してきた。

 光陰矢の如し、のダブルパンチだ。誕生日が春なのも悪い。

 思考がそれたことに、鬱屈をため息に乗せて吐き出してしまう。

 今の問題は、相棒となる少女のケアだ。

 新入社員を相手にするのとは、また別のベクトルになる。

 なんせ、現役の女子高生で、業務に関しては先輩となる人間だ。

 正直、見当もつかない。

 手持ちの情報だけで判断すれば、

 ……自信をつけさせることが先決か。

 能力的に劣っていることへのコンプレックスと、先任者の無遠慮な別離が問題だろう。

 白塗装されたスチールドアの前で足を止めると、彰示はうん、と一つ頷き、

 ……まずは、とにかく褒めよう。

 実績でもいい、学業でもいい、ファッションでも、なんなら容姿だっていいだろう。

 劣等感を拗らせていると逆効果だが、初手で株を落とすのなら、取り返すのも容易だ。

 方針を決めたら、ドアを勢いよく開けて元気に挨拶。第一印象は重要だからね。

「こんばんは!」

 しかし、返るのは沈黙。

 落ち着いて部屋を見渡せば、眼鏡の少女が驚き顔で固まっていた。

 驚かせてしまったかな? などと反省しつつ、まじまじ様子を窺う。

 上着を脱いだ胸元は、ブラウスによって浅く潰されるほどに張り詰めており、前屈みの姿勢に加えて両の二の腕で挟み込んだ状態。

 故に、強調の度合いは高い。

 なぜそれほどに胸元を強調するのか、と両二の腕の先を追いかけていくと、その指は腿まで降ろされたスカートの裾を握りしめている。

 察するに、着替え中のようだった。

 佐々木・彰示は、前述のとおり、ポジティブな言葉を探す。

 必死に探す。

 コンマ五秒の逡巡の末に、 

「勃起してもいいですか!」

 放ったのは、静ヶ原・澪利相手の『失敗』を薫陶とした、これ以上のない褒め言葉。

 結果、

「きゃああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」

 駆け付けた支部長と警備員たちに、無茶苦茶ボディブローされた。

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