第1幕【LOVERS ONLY】


【架空のオペラ 第一幕 】




初めて彼を見た時から。


私は彼に夢中だ。


いつも、片時も離れず彼の側に居たい。


心からそう思える人。


私は出会えた。


彼の隣がまだ空席なのを見て、私は心が熱くなった。その時ばかりは思った。


「神様ありがとう」




私の名前は篠原繭。


環心也。


それが彼の名前。


私の恋人。


今でも大好きな彼。


彼は私より2つ年上。


だから私は、彼のことを「心也さん」と呼ぶの。


いつも彼の名前を呼ぶ度に、胸が熱くなる。幸せが込み上げて来る。


大切な人。


彼と出会ったのは、大学に入って1年目。あれは…初夏の頃だった。


石神井公園にある、三宝寺池のベンチに彼はひとりで座っていた。


ノーセットの髪は淡い栗色。


髪色は染めてはおらず生れつきらしい。


睫毛はマスカラを着けない私より長い。


剃って細眉にすれば、モデルのような顔立だ。むしろそうしていないところが、何より私の好みだった。


黒のオーラリーのカットソーのティシャツに、履き心地よさげに馴染んだデニム。素足に黒革のスリッポン。


踝がとても綺麗。


近くで見ると、シャツにも靴にも飛沫のように、顔料や絵具の色が散っていた。


無心でスケッチブックに鉛筆を走らせる。高校の同級生にはいなかった。


細く繊細な手首につい目を奪われる。


彼はよほど集中しているのか。


隣のベンチにそっと腰掛けた私になど、気づく素振りもない。


彼の傍らには、濃淡を描くための、よく削られた何種類かの鉛筆の入った筆入れ。それからトートバック。


バックからは、黒い小犬が鼻先を突き出したような、ごつくて年期の入った、一眼レフのケースが覗いている。


気になるモチーフを見つけたら、すぐに写真に撮れるように。一眼レフは欠かせない。


彼は父親のお下がりだと話していた。


「携帯のカメラでいいのでは?」


そう思う私に、芸術家の資質はない。


そこら辺は、こだわりがあるらしい。


虫除けスプレーまで持参している用意周到さ。この公園の定連らしい。


彼は私より二つ年上の、地元にある有名な美大に通う学生だった。


私はこの公園で初めて彼の姿を見た。


その時から恋に落ちた。


彼の座っている公園のベンチ。


座る場所は他にもあるけれど。


なんとかして彼の隣の座りたい。


どうにかならないものか。


私は…そこの彼が早く私に気がついて。


声をかけてくれないかなと。


千秋?春秋?


臍を噛むは…間違いか。


私は辛抱強く待つことに決めた。

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