カロス島書記

鎮守乃 もり

第1話プロローグ

「な…ぜ…」

今際の際に少年は血を吐きながら玉座に目を向けた。

震える右手をその先に見据える王に向けて。

体に突き刺さる数本の槍によって仰向けの状態から。

ぼんやりとしか見えない王の姿だが、はっきりと分かったことがある。

邪悪なほど歪んだ笑みをたたえていることが。


謁見の間に横たわる死体は男女3体。

床は赤黒い液が水たまりのように広がってゆく。


その周りに6人の槍を持った衛兵。

さらに隙間を囲むように剣を構える6人。

この6人が先に槍を持って刺し殺し、後方に下がった者たちである。

そこから少し離れた場所に魔道士6人が立っている。

血だまりにより消えかかっている魔方陣を使い、3人を召喚したのがこの魔道士たちである。


「ふっ。ふっふふふ。はあっははははははは!」

王の高笑いが広間に広がってゆく。

王の横に座る王妃は目を伏して横を向いていた。

「良い!良いぞ!よくやった!」

玉座から立ち上がった王は5秒ほど、じっと見下ろしてから玉座より去った。



勇者は死んだ。



王妃はよろよろと従者に支えられてその場を後にした。

死体は手厚く葬るようにと指示を出して。


城から北東に向かってある二つの前後の山に挟まれた渓谷は「愚者の谷」と呼ばれている。

そこには白骨化した死体がいくつも転がっている。

手前の山頂を越えるとすぐに切り立った崖が行く手を遮るため、誰もここを通ることは無い。

その崖の上から3つの袋につめこまれた物体がカゴごと兵士たちによって投棄された。

たいまつに灯りをともし、大きいカゴに入れて背負ってきたのだ。

崖から少し離れた場所に腰を下ろした兵士たちが肩を揺らしていた。

「重かったな」

「ああ、重かった」

「はぁはぁはぁ」

「無駄口たたくな!」

「なんで俺たちがこんなことさせられるんですか、班長」

「死人だったら、町の葬儀屋に頼めばいいじゃないですか?」

「はぁはぁ…同感です…はぁはぁ」

ぶつぶつ不満を口にした兵士の一人が暗闇にうかぶ班長の横顔を見て息をのんだ。

涙。

ふるえる肩。

沈黙。

班長は持っていた、たいまつをゆっくりと手放した。

炎は消えそうな勢いで小さくなって落ちていった。


「帰るぞ!」

ぶつぶつ小言をいう2人と見てはいけないものを見てしまったと動揺する1人を班長は3本の灯りをたよりに山を下り、帰途についた。



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