死の魔眼

 カトブレパスは黒牛を一回り大きくした体を持ち、長い首は大蛇のようにうねっている。見た者を殺すという目は、長いたてがみに隠れて見えない。

 カトブレパスは土の上をかぎ回るように首をたらして、のろのろ歩く。頭が重くて上がらぬようだ。その姿の奇怪なことといったらない!



 ホラインは忍び足でカトブレパスの背後に回る。

 しかしこのカトブレパス、まるでホラインに気づかない。あまりにのんき。


 その時に小鳥が一羽、カトブレパスの目の前をチチチと鳴いて横切った。どうしたことか、小鳥は宙で羽ばたきを止め、ぽとりと地面に落ちてしまう。

 おお、あれこそ死の魔眼まがん

 あわれな小鳥は己の死にも気づくまい!


 ホラインもこれには驚き、目を見張る。

 目を合わせずとも、見られるだけで死に至る。カトブレパス、げに恐ろしき幻獣なり。いかにして、かようなものが生まれるのか。

 あまりに危険で見すごせぬと、ホラインは幻獣退治を決意する。


 カトブレパスはのろのろ小鳥に近づくと、死体をしばらく見つめていた。

 何をするのかとホラインが見ていると、カトブレパスは大きな声で「ボー」と鳴く。それは牛の鳴き声を太くしたよう。


 どこか悲しい響きの声に、ホラインはカトブレパスの悲哀ひあいを見た。

 見たものを殺すがゆえに、まともに物を見れぬのだ。うかつに見れば、殺さずとも良いものまで殺してしまう。小鳥に何のとがめがあろう。食うわけでも、食われるわけでもあるまいに。

 ああ悲し、孤独なるカトブレパスよ。生涯を虚しくすごし終えるのか。


 ホラインは情けをかけに剣を抜く。

 運命の気まぐれに生み落とされた幻獣よ、己の生まれを呪うなら、騎士の剣が終わらせる。

 生あるところ奪う罪あり。腹を満たすため命を食らい、安堵あんどを得るため敵を殺す。人それを原罪という。人も獣も、みな同じ。


 あわれな幻獣カトブレパスは罪のなげきを知るものの、信仰なくして回心のすべを知らず。ともがらもなく、さまようばかり。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る