勇気とは何か

 大湖チェウへと平原を南に向かって堂々歩くホラインの後を、ビリーは浮かない顔でついて歩く。

 ホラインは彼を気にして話しかけた。


「そなたどうした? 具合でも悪いのか」


 ビリーは気弱な笑みを見せ、小声で答える。


「怖いんです。ダメですね、ぼくは。怪物がいると思うと平常心じゃいられない……」

「ライオンやヒョウよりも怖いのか?」

「そいつらも怖いですが、あの怪物は見たこともないもので……。水牛よりも一回りは大きくて、長い首が大蛇のように……」


 これはうわさの怪物に違いないとホラインは確信する。


「まさに私の探している怪物だ。どうして誰も信じない?」

「それはぼくが臆病だから……。ビビリのビリーと呼ばれるほどで……」

「はは、なるほど。ビリーだからか。なかなかうまいことを言う」


 ホラインに笑われたビリーはうつむき、しょげ返る。

 悪い事をしてしまったとホラインは言いつくろった。


「ああ、すまぬ。名を笑われる以上の侮辱は、そうはない。まことに無礼、わび申す」

「いえ、良いんです。ぼくは笑われて当然の男ですから。どうしたらあなたみたいになれますか?」


 まじめな問いにホラインは少し考え、こう言った。


「とりあえず、体を強くすれば良い。力が強くなったなら、弱いものは恐れずにすむ」

「それで勇気がつきますか?」

「いや無理だ。どれだけ強くなったとて、強いものは恐ろしい」

「あなたでも?」

「ああ、そうだ。ライオンやヒョウを素手で倒せても、ゾウやカバとは戦えぬ」


 ビリーは困った顔になる。


「でもそれは……弱いものを怖がらなくなっただけじゃ……」

「そうだとも。断じて勇気などではない」

「じゃあ勇気って何ですか?」


 ホラインは堂々答えた。


「ネズミがネコを噛むことだ。オオカミが羊を襲うことでもなければ、ライオンがハイエナを追い払うことでもない。勇気とは弱者のものだ」


 彼の話を聞いたビリーは黙り込む。

 誤解されてはいけないと、ホラインは言いそえる。


「恐れなきところに真の勇気なし。強い者ほど勇気はいらず、弱い者ほど勇気がいる。本当に勇気があるのは、果たしてどちらか。ビリーよ、そなたは勇気がある。それはそなたが弱きゆえ、恐れを知り、克服せんとしておるからだ」


 それでもビリーは浮かない顔。

 説得力がなかったかと、ホラインは小さくため息。

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