弱きをたすくべし
そんなこんなでガリッサの都に着いたホラインは、ネーマに声かけ呼び止める。
「ネーマ殿、今日の予定は?」
「とりあえず、あんたとはここでお別れ。さよならだ」
それだけ言うとネーマは一人、街の人込みに姿を消す。
ホラインは彼女のことが気がかりだったが、あまりしつこく追いかけても嫌われるだけと、一人で都を観光する。
彼女も今日まで旅をしてきた。あれこれと気を回すのは、半人前のあつかいで、かえって失礼。
ホラインは安宿を取り、都の各所を見て回る。
ベレトより大きな都に、ホラインは少し悔しくなるものの、それはそれとして食道楽。何者も腹の虫には勝てぬなり。
あちこち回り、この都では焼肉が一番うまいと結論づける。ただ肉が好きなだけとは言ってはならない。
◇
さて夕方、そろそろ宿に帰ろうとホラインが思っていると、思わぬものに出くわした。
女剣士のネーマが路地の片すみで、男らに絡まれている。
男らは騎士らしく、鎧兜に身を固め、腰には剣を下げている。
良からぬ気配を読み取って、ホラインは駆けつけた。
「これ、待たれよ。そなたらは騎士であろう。女を囲んで何事か」
普通なら、まったく相手にされないところ。だが、ホラインのあまりにも堂々とした態度に押され、騎士たちは素直に言う。
「領民から賊が出たとの
剣士ネーマは気が短く、手が早い。街中で騒ぎになっては庇えぬと、ホラインは慌てて両者の間に入る。
ホラインはネーマを目で牽制し、騎士たちに問いかけた。
「領民とは誰なのか? その賊は何をした?」
「辺縁の村に住む農民だ。賊に畑を荒らされたという」
それを聞いてネーマの目がつり上がる。
「大ぼらだ!」
ホラインは吠えるネーマを押さえつつ、騎士たちに言う。
「私は旅の騎士なのだが、その一部をこの目で見た。男らは三人で、この者はただ一人。ともに武器を持ち、ただならぬ様子。事の次第をたずねると、豆の木の実を食われたという」
「豆の木の実?」
騎士たちがネーマを見ると、彼女は小さく舌を打つ。
「ああ。あたしが食ったのは、北の街道の外れにある豆の木の実だ。ちょいと小腹が空いたから、何個か取って食ったのさ。そいつが何の罪になるんだ?」
ホラインは彼女の嫌疑を晴らすため、さらに加えて言いそえる。
「豆の木の実を取ったのが、畑荒らしとは大げさな。そもそもだ、小柄な女がたった一人で畑荒らしなど、おかしいとは思わぬか? 十中八九、虚言であろう」
騎士たちはホラインに反論できず、まごつくばかり。
ホラインは穏やかに諭す。
「いかに身なりをまねたとて、公正の精神を持たぬ者は騎士には非ず。数をたのみにただ一人をおとしめるは容易なれば、騎士は弱きをたすくべし。もしあたら無実の者を捕らえたならば、ガリッサの悪評は千里を走り、西の果てまで広まろう」
これを聞いて騎士たちはしぶしぶながら退散した。
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