幻の泉
金になるような宝など、ここには一つもありはしない。初めから無かったか、すでに誰かに持ち去られた後なのだ。
しんと静かな玄室に、ぴたりぴたりと水の
それは祭壇の裏手から聞こえてくる。
三人が目を向けると、そこにあったのは水たまりと人骨の山。天井からポタポタと
ただそれだけ。陽が差し込んでもいなければ、花が咲いていることもない。
ダーバイルはホラインに言う。
「ここに泉があったんですよ」
「それは夢だ」
「ええ、夢です。祭壇も棺もすべて金きらで……」
その言葉に老人が反応する。
「ああ、ワシも見た」
「じいさんも?」
「ユリの花咲く
夢のできごとを思い出し、ほけっと虚空を見つめる二人に、ホラインは告げる。
「私も見たが、あれは夢魔の見せた夢。もし夢から覚めなければ、骸の仲間になっていた」
ダーバイルも老人も、ぎょっとして青ざめる。
老人は小声でこぼした。
「みな夢魔に魂を奪われたのか。ムスタクも」
不吉なものを避けるように、三人は玄室を後にする。
◇
薄暗い王墓から出てみれば、まだ外は明るいまま。
これと言った成果もなく、一行は山を下りる。
その道中で老人はホラインに問う。
「ワシは夢で、そなたの声を耳にした。行くな、戻れと。なぜワシをあのまま死なせてくれなんだ」
「言ったはず。私が見ている前で、むざむざ人を死なせはせぬと」
「ワシは老い先短い命。どうなろうと構わなんだ」
「ならば死ぬのはいつでもできよう。見たところ、あなたはまだまだ壮健だ。命を捨てる覚悟があれば、何事でもなせるだろう」
「何をなせと……」
「大げさな事は言わぬ。草むしり、道を
ダーバイルは失笑し、ホラインに言う。
「旦那はおカタい。説教坊主じゃあるまいし、人間もっと身勝手でいいじゃないですか」
ホラインは眉をひそめるも、ダーバイルには言い返さない。
「……まあとにかく、そういう事だ。死ぬ死ぬと思いつめず、思うがままに生きれば良い」
若い二人に諭されて、思い直した老人は今を生きる決意をする。ワルハラの友の姿を思いつつ。
人の生は今にあり。今を忘れて、心ここにあらざれば、まさに酔うがごとく生き、夢のうちに死すものなり。
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