幻の泉

 金になるような宝など、ここには一つもありはしない。初めから無かったか、すでに誰かに持ち去られた後なのだ。


 しんと静かな玄室に、ぴたりぴたりと水のしたたる音が響く。

 それは祭壇の裏手から聞こえてくる。

 三人が目を向けると、そこにあったのは水たまりと人骨の山。天井からポタポタとむくろの上に水滴が落ちている。

 ただそれだけ。陽が差し込んでもいなければ、花が咲いていることもない。


 ダーバイルはホラインに言う。


「ここに泉があったんですよ」

「それは夢だ」

「ええ、夢です。祭壇も棺もすべて金きらで……」


 その言葉に老人が反応する。


「ああ、ワシも見た」

「じいさんも?」

「ユリの花咲くんだ泉で、ワシは死んだ友人と再会した」


 夢のできごとを思い出し、ほけっと虚空を見つめる二人に、ホラインは告げる。


「私も見たが、あれは夢魔の見せた夢。もし夢から覚めなければ、骸の仲間になっていた」


 ダーバイルも老人も、ぎょっとして青ざめる。

 老人は小声でこぼした。


「みな夢魔に魂を奪われたのか。ムスタクも」


 不吉なものを避けるように、三人は玄室を後にする。



 薄暗い王墓から出てみれば、まだ外は明るいまま。

 これと言った成果もなく、一行は山を下りる。

 その道中で老人はホラインに問う。


「ワシは夢で、そなたの声を耳にした。行くな、戻れと。なぜワシをあのまま死なせてくれなんだ」

「言ったはず。私が見ている前で、むざむざ人を死なせはせぬと」

「ワシは老い先短い命。どうなろうと構わなんだ」

「ならば死ぬのはいつでもできよう。見たところ、あなたはまだまだ壮健だ。命を捨てる覚悟があれば、何事でもなせるだろう」

「何をなせと……」

「大げさな事は言わぬ。草むしり、道をきよむも、また善行」


 ダーバイルは失笑し、ホラインに言う。


「旦那はおカタい。説教坊主じゃあるまいし、人間もっと身勝手でいいじゃないですか」


 ホラインは眉をひそめるも、ダーバイルには言い返さない。


「……まあとにかく、そういう事だ。死ぬ死ぬと思いつめず、思うがままに生きれば良い」


 若い二人に諭されて、思い直した老人は今を生きる決意をする。ワルハラの友の姿を思いつつ。


 人の生は今にあり。今を忘れて、心ここにあらざれば、まさに酔うがごとく生き、夢のうちに死すものなり。

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