弓の心得

 ホラインがベレトの都に着いた時、広場の方で歓声が上がる。


 そこでは若い美男子が身の丈ほどの大弓を構えて狙いをつけていた。

 その目の先には、りんごを持った女の子。赤いりんごを両手でかかげ、射られる的はここにありと見せつけるよう。

 美男子と少女の距離は約四けん。わずかでも射手の手元が狂ったら、少女が傷を負ってしまう。そればかりか下手をすると命を落とす。


 何と危ない事をすると、騎士ホラインは慌てたが、止める間もなく矢は放たれ、見事にりんごを射ち抜いた。

 あまりの威力にリンゴは砕け、矢は後方の木の幹に深く突き立つ。


 一瞬の静寂の後、大歓声。

 特に女子の声が大きい。

 キャーキャーとけたたましい中、ホラインも男の弓の腕前に大したものだと感心する。正確さ、矢の速さ、どれを取っても一流だ。

 彼こそうわさの天下一の弓使いだと、ホラインは確信を得る。



 みなに弓の腕前を見せつけた美男子は、女子らを前に弓の講釈。


「弓を引き、矢を放つには、コツがある。弓手ゆみては弓の中央より下を持つ。利き手に矢を持ち、矢の先を指に乗せ、真っすぐ的に向けながら、つるの中ほどに矢はずをかけて弓を引く。矢と目の高さをそろえたら、そのまま矢先を的に向け、心静かに矢を放つ。そうすれば、視線に沿って矢が走る。弓は目で射るものなのだ」


 そう言うと彼はりんごの少女を呼んで、小さな弓と矢を持たす。

 女の子は美男子の指導を受けて矢を構え、二けん離れた木組みの的に向けて射つ。

 矢は的の中心こそ外したが、ちゃんと的には当たっていた。


「基本さえ知っているなら、このとおり。どなたか弓にご興味は?」


 美男子の優しい声に女子たちは色めき立って押し寄せる。

 ホラインがあきれた顔で見ていると、一人の男が声を上げた。


「ホラインだ! 我が国一の剣術士、冒険騎士のホラインが、修行の旅から帰ってきたぞ!」


 みな振り返りどよめいて、ホラインに視線を注ぐ。

 ホラインは苦笑いして進み出た。


「弓使い、そなたのうわさは聞いている。弓の腕も見せてもらった。だが、いたずらに力を示して何になる」


 ホラインに説教された美男子は、肩をすくめて鼻で笑う。


「私より強い戦士に会うためだ。あわれにも、私の相手になる者は、この小国にはいないらしい」


 挑発にしても言葉がすぎている。

 男たちからヤジが飛ぶ。


「何だと、こいつ!」

「ふざけるな!」

「そこまで言うなら、ホラインと勝負してみろ!」

「逃げるなよ!」

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