海の魔物

 翌早朝、騎士ホラインが甲板に出てみると、辺り一面、濃い霧に覆われていた。あまりに濃くて船首さえもよく見えない。

 そんな中で数人の船乗りたちが、船首を見つめて固まっている。


「もし、どうした?」


 ホラインが呼びかけると、船乗りは船首を指して小声で答える。


「海の魔物、セイレーンです。飛び去るまで無視していないと……」

「どうなるのだ?」

「海の中にさらわれる……という話です」


 これを聞いたホラインは、冒険心が湧き起こる。


「害なすものなら、どれ私が追い払おうか」


 船乗りは目を丸くして彼を止める。


「やめてください! 命の保証はできません!」

「何を今さら。危険を冒す、ゆえに冒険」


 ホラインは忠告も聞かず、堂々と船首に向かって歩いていった。

 昔から軍人いくさびとと船乗りは、迷信深いものという。忠言はありがたくとも、何事も恐れていては、はじまらぬ。


 魔物の姿を暴いてやろうと彼が船首に近づくと、長い船の鼻先に腰かけている人影が映る。

 霧の向こうではっきりとは見えないが、背中には大きなつばさが生えており、奇妙な歌を口ずさんでいる。

 ホラインは船首から身を乗り出して話しかけた。


「何者だ!」


 その声に霧の向こうの人影は小さく笑い、こう答える。


「これはこれは、恐れ知らずな。それは勇気か、はたまた無謀か」


 若い女の声で返され、ホラインは両目を見張り、腰の剣に手をかけた。


「セイレーンとは、そなたの事か」

「そのとおり」

「この船に何用だ」

「海鳥が船のへさきに止まるのに、何ぞ理由を求むるものか」


 つまり彼女は、ただ休んでいるだけと言う。

 害は無いと見たホラインは剣から手を放した。

 セイレーンは霧の向こうで再び笑い、今度は自らホラインに話しかける。


「そなた、なかなかおもしろい。本来は無礼なやからは海に落とすが、そなたは許してやろうかな」


 その高慢な物言いに、ホラインは腹を立てる。


「許してやるとは何事か」

「おや身のほどを知らぬかな? 許すつもりの気が変わるかも知れないよ」


 霧の向こうの言い合いに、船乗りたちはおののくばかり。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る