大海原へ

 騎士ホラインは、初めて船の旅に出る。

 潮風はさわやかに海の香りを運び、波の音は耳に心地よい。船は揺れるが、酒場の主人が言うほどではない。初めて船に乗る自分を心配して、大げさに言ったのだろうと、ホラインは慢心する。



 しかし、半時はんとき(約一時間半)後……ホラインは船酔いで目を回していた。

 騎士たる者、衆前で失態は晒せぬと、船べりにてゲップゲップと吐き気をこらえ、空と海を交互に見つめる。視界はぐるぐる、耳鳴りがキンキンうるさい。

 酒場の主人は正しかった。

 これなら馬車の方がマシだと、ホラインは半時前の己を恥じる。


 船乗りたちは、そんな彼を遠巻きに見て、せせら笑う。

 天下の騎士も、しょせんはおかの人なりき。船の上では赤子のごとく。


 船乗りの一人が、彼を気づかって声をかける。


「騎士どの、大丈夫ですか」

「何のこれしき。いくつもの死線を越えてきたことに比べれば、どうということはない」


 ホラインは強がるも、この地獄がいつ終わるのかと不安になって一つ問う。


「時に尋ねたい。東の国には、いつ着くか」

「この調子なら三日後ですが」

「三日、三日か……」


 三日は長いと、ホラインは空を仰いで青い顔。

 そこに船乗りは言い添える。


「海が荒れれば、もう何日か遅れましょう」


 ホラインは気が遠くなり、「うーん」と唸って倒れこむ。

 周りで見ていた船乗りたちは大笑い。



 幸いに、ホラインが目を覚ました時には、船酔いは収まっていた。

 船乗りたちは彼をからかう。


「おや騎士どの。こんな所で、よくお眠りで。お加減はいかがですかな」

大事だいじ無い。いく分か、慣れたようだ」

「それは残念……あ、いや、良かった。さすが騎士どの、慣れが早い」


 冗談を言う船乗りたち。

 ホラインは起き上がって、彼らに問う。


「今、何時か」

「正午を過ぎたばかりです。まだまだ先は長いですよ」


 体調は良くなったものの、今度は暇を持てあます。そんなに暇なら魚でも釣りなされと釣竿を渡されて、ホラインは人生初の魚釣り。


 ……しかしこれがなかなか釣れぬ。日が暮れるまで待ちぼうけて、かかったのはザコばかり。

 その横で別の船乗りが、ちょいと針を垂らしただけで大物を釣り上げる。


 ツキのない日はとことんついていないもの。そんな日もあるだろうと、ホラインはふて寝するより他になかった。

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