カラの怪物

船乗りの語り

 はるか遠い昔のこと。神々の時代が終わり、神と英雄の時代が終わり、そして私たち人間の時代が訪れた。

 悪魔も竜もまたはるか遠い昔の物語になろうとしていた頃に、一人の旅の騎士がいた。町から町へ、夢と冒険を探して歩く、流浪の騎士。その名も冒険騎士ホライン・ゲーシニ。

 大そう腕の立つ若者で、王都ベレトの騎士団では収まらないと、その身一つで冒険に明け暮れる。



 ある夜ホラインはベレトの東、オビアの酒場で、船乗りの語りを聞いた。

 船乗りは酒を飲みながら、みなの前で得意げに言う。


「ここより東、海を渡った先の国、カラの国には怪物がいる。ゾウやトラではありえない。体は青くきらめいて、頭には冠をいただいて、顔には白い入れ墨があり、大蛇のような首を持ち、背中にはびっしり緑のウロコを生やし、タカのつばさで空を飛び、犬のごとく大地を駆ける。だが、最も恐ろしいのは、胴より長い、そのしっぽ。何十本もに枝分かれ、その一本一本に目玉がある。怪物は人を見るや、何十ものしっぽをすべて逆立て、すべての目玉でにらみつける。その目に見られた者はみな、魂を奪われてとりこになる」


 何と恐ろしい怪物かと、酒場の客はどよめいた。

 しかし、ホラインは鼻で笑ってヤジを飛ばす。


「そんな化け物がいるものか。私は各地を旅したが、うわさも聞いたことがない」


 これに船乗りは噛みついた。


「ホライン・ゲーシニ、海の向こうにも行ったのか? しょせんあんたはおかの人。海も知らない井の中のかわず

「もしも本当にいると言うなら、ぜひとも見せてもらおうか」

「おう、見せてやる! ちょうど良く、明日の船はカラ行きだ。船出は明日の朝日と同時。遅れたら置いて行くぞ。臆するな!」


 売り言葉に買い言葉。船乗りは堂々酒場を後にする。

 側で聞いていた酒場の主人は心配顔。


「ホライン様、大丈夫ですか」

「何が怪物、恐るるに足らず」


 鼻息荒く言うホラインに、酒場の主人は小声で忠告。


「いえ、私の心配は船旅です。船酔いは弱いものはとことん弱く、大の男でも寝こむほど」

「案ずるな。荒れ道を走る馬車よりは揺れまいて」


 ホラインは意地になるともう聞かない。

 酒場の主人は眉をひそめて口を閉ざし、それ以上は言わなかった。

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