誓いを果たしに

 ホラインは竜の宝玉を大事に持ち、ベレトからまっすぐバイダを経てハバーロへ。その途中、バイダの都で、ダーバイルとは別れる事に。


「では旦那、オレはこの辺で。金にはなりゃしませんでしたが、実際に悪魔なんてのに会えるとは、なかなか貴重な体験でした」

「ああ、達者でな。また会おう」

「旦那こそ、お元気で」


 出会いと別れは旅の常。涙もなくあっさりと別れ、二人はそれぞれの道を行く。

 ダーバイルは街の人ごみへ、ホラインはハバーロに続く田舎道へ。



 さてハバーロに着いたホラインは、宿にも寄らずディンの森に踏み入った。

 大樹の根元でホラインは、大きな声で竜を呼ぶ。


「おーい、竜! 約束どおり宝玉を取り返したぞ! 姿を見せろ!」


 ホラインは竜の宝玉を高く掲げた。そうすると、彼の足元が盛り上がり、土の中から竜が現れる。人間を見下すような相変わらずの威容にも、ホラインはまったく怯まず話しかけた。


「さあ、これだろう!」


 腰に下げたかますから、緑の玉を取り出して、片手に持ち高くかかげる。宝玉の輝きを見た緑竜は、両目を見張り驚いた。


「おお、まさしく! 返ってくるとは思わなかった」

「あなどるな。騎士は誓いをたがえぬぞ」


 ホラインがちょっとムッとして言うと、竜もムッとし言い返す。


「あの時に、『くれてやる』とも言ったのだが」

「いや、これは私の手には合わぬ物。盗品は主に返すが道理だろう。もう二度と盗まれぬよう、今後は十分用心せよ」


 固辞する彼に竜はため息。


「この輝きにわずかも心惑わぬとは、悲しいな」

「何を言う。宝が返ってきたのだぞ、悲しいとは何事か」

「宝とは人が欲するゆえ宝。ワシ一人、輝きをで何とする?」


 竜の言い分にホラインはあきれ返った。


「はぁ、何というあまのじゃく。ではどうなれば良かったのか」

「かつてなら、これを巡って国と国が戦争をするほどだったのだが。知らぬ間に世界は変わってしまったな。年は取りたくないものだ」


 そう言うと竜はホラインに顔を寄せ、ぺろりと玉を呑みこんだ。あっと言う間に宝玉は腹の中。


「何はともあれ、お前には礼をせねばなるまいて。何なりと言うてみよ」

「何もない。強いて言うなら気のままに旅を続けていたいもの」


 ホラインの答えを聞いた緑竜は、失望の深いため息を吐く。


「……まったくの無い男」


 すっかり竜はへそを曲げ、不満げにその場に伏せてそら寝する。ホラインは困った顔でため息をつき返す。


「かいが無いとは、こちらのセリフ。竜はわからぬ生き物だ。では、さらば」


 これ以上とどまっていてもしかたなく、彼は竜に背を向けた。竜に感謝はされずとも、騎士の誓いは果たし終え、心晴れやか、胸を張る。



 ホラインが森を出てふと顧みれば、緑の竜が天高く飛び去っていく姿が見えた。以後、ディンの森で竜を見た者はない。

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