緑の森

 かくして冒険騎士ホラインは、竜に会うためディンの森に足を踏み入れる。


 ディンの森は深い緑に包まれた、黒檀の森。昼間でも鬱蒼うっそうとして薄暗く、木漏れ日が光の筋を描く。清い風のざわめきと澄んだ小川のせせらぎが、ホラインの心を洗っていくようだった。


 こんな所に竜がいるのだろうかと、ホラインは疑った。

 昔語りの通りなら、竜と言えば邪悪なもの。人の寄りつかぬ高い山や洞窟の奥深くに棲み、時たま人里に現れては嵐のごとく暴れ回るという。



 ホラインはどんどん森の奥へと進んでいったが、竜どころかクマやオオカミにも出くわさなかった。時おりシカやウサギくらいは見かけるが、それにしても平和そのもの。


 やがて彼は森一番の大樹の元にたどり着く。

 ディンの大樹の高さは城ほど、幹の太さは家ほどもある。これほど立派な大木は見たことがないと、ホラインは大樹を見上げてため息をついた。


 ホラインが大樹に目を奪われていると、急に彼の足元が揺れて、目の前の地面が大きく盛り上がる。

 さしもの彼もこれには驚き、後ずさった。


 盛り上がった地面の中から輝く緑のうろこを持った巨大な竜が現れる。

 見るも恐ろし。四つ足に、二枚の翼。竜は体を震わせ、背中の土を払うと、翼を大きく広げて、ホラインに向かって咆えた。

 その大きさは家ほどもあり、広げた翼は風車の羽根のごとく、大きく裂けた口は人どころか牛をも一呑みできそうなありさま。


 しかしホラインは冒険騎士。生まれて初めて見る竜にもひるみはしない。腰の鞘から鍛えた鋼の剣を抜き、革のバックラーを構えて、竜をにらむ。


 緑の竜はぬっと首を下げホラインをにらみ返すと、低く恐ろしい声で言う。


「人間め、また性こりもなくワシの宝を狙って来たか!」


 竜がフーッと息を吐くだけで吹き飛ばされそうなほどの突風がホラインを襲う。木々がざわめき、木の葉を散らす。

 ホラインは何とか踏みこたえ、腰の後ろに隠したナタを引き抜いて、竜に向かって投げつけた。


 ナタは風を切り裂いて、岩より硬い竜のうろこを貫き、その額に突き刺さる。

 思わず目を閉じた竜の隙を突き、ホラインは電光石火で竜に迫る。高くかかげた剣が光り、会心の一撃が竜の頭を打ちのめす。

 地鳴りのような叫び声を上げ、竜はその場に倒れ伏す。竜は両目を閉じたまま、弱った声でなげき出す。


「おお、情けない! たかが一人の人間にしてやられるほど耄碌もうろくするとは! もはや竜も過去のものか。さあ、とどめを刺せ。お前のような強者に倒されるなら本望だ!」


 いさぎよく観念して動かなくなった竜に、ホラインは騎士の情けをかける。


「まあまあ、そう早まるな。私は旅の騎士ホライン。竜のうわさを聞きつけて、はるばるここまでやって来た。それだけ言葉を話せるのなら、もっと話をしようじゃないか」


 剣を収めたホラインはその場にどすんとあぐらをかき、竜の言葉を静かに待つ。

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