第2話初恋が実らないってホントなんだね -5
現場は想像よりも殺伐としていた。
街に並ぶ家々の屋根や窓は壊れ、町外れにある畑や牧場は荒らされていた。
何より驚いたのが、蝙蝠がデカイ。
俺の知ってる蝙蝠の約10倍くらいある。
そいつらが牙を剥き長い爪を立てて空から襲ってくるのである。
これは怖い。
ホントに怖い。
こいつらが魔獣の中でも弱い部類に入るって、この世界は一体どうなってんの?
俺はルドルフの横で震える足を抑えながらなんとか立っていた。
出来るなら今すぐこの場から逃げ出したい気分だったが、場の雰囲気がそれを許してはくれなかった。
「ユリア隊長、ルドルフ隊長」
ユリアとルドルフの姿を見るなり、隊員達が安堵の表情を見せる。
「遅くなって悪かった。戦況の方はどうなっている?」
ユリアが隊員に尋ねる。
「一匹単位での戦力は大した事はありませんが、何しろ数が多くて、こちらの体力と気力が持つかどうか……」
「そうか」
「これは一気に片付ける他ないな」
ルドルフは左手首に付けている腕輪に右手を翳すと何事かを唱え始めた。
すると、そこから鈍色に光る大きな斧を召喚した。
「すげぇ」
俺は思わず感動を声に出していた。
「『すげぇ』か。ありがとよ。お前さんもいつか似たような事が出来るようになるさ」
そう言ってルドルフは俺の肩を叩いた。
「そんな呑気な事を言っている場合か。これ以上街を壊されてはかなわん。さっさとケリをつけるぞ!」
ユリアはそう言って俺たちを急かすと、その細い首元に光る小さなクリスタルに手を翳した。
そうして彼女が
「リヒト・ズィッヒエル」
と唱えるとクリスタルが光りを放ち、その両手の中に銀色の大きな鎌が召喚される。
それから間髪入れずにユリアは敵に向かって攻撃を仕掛けた。
ユリアが大きな鎌を一振りすると、そこから竜巻の様な鋭い風が巻き起こる。
その風は鎌鼬のごとく一気に数匹の蝙蝠達を切り裂いた。
小柄な少女が大きな得物を振り回し、手強い敵を次々と倒していく姿は目を見張る物があった。
エメラルドグリーンの光を身に纏い、舞い踊るように戦うその姿を美しいとさえ思った。
「ボーッとしてると敵にやられるぞ」
ユリアの鮮やかな戦いっぷりに見惚れていた俺はルドルフの言葉ではっと正気を取り戻す。
そうだ。
俺は今、戦場にいるのだ。
気を抜けば、敵に命を取られる。
「しっかりと剣を構えて敵を見据えろ。奴らの弱点はあの出っ張った腹だ。そこを狙え」
俺はルドルフの指示通り、敵の弱点を捉え様とするが、なかなか上手く行かない。
それはそうだ。
敵は空を飛んでいるのだ。
ユリアの様に鎌から鎌鼬を出したり、ルドルフの様に斧から火焰を舞い上がらせたり出来れば話は別だが、地上で剣を振り回すしか出来ない俺には空を飛ぶ敵を相手にするのは荷が重すぎた。
それでも何とかむしゃらに振り回した剣で低空を飛行する敵の足を切り落とした時は、自分なりに感動した。
俺に両足を切り落とされた敵はバランスを崩し、地上へと落ちる寸前に他の隊員に留めを刺される。
こんな俺でも少しは役に立てたのだろうか。
そう思うと何か言いようのない高揚感が胸の奥から込み上げるのを感じ、俺は拳を握った。
やった!
やったよ、母さん!
特に何の意味もなく心の中で俺は母親の姿を思い浮かべる。
その時
「危ない!」
という声に俺は後ろを振り返った。
すると、いつの間にか目の前に大黒蝙蝠の鋭い爪が迫っていた。
(やられる!)
そう覚悟した刹那、誰かが俺の体に覆い被さった。
そのまま二人して地面に倒れ、敵の攻撃から逃れる。
「いってぇ」
と頭を抑える俺。
「大丈夫か?」
その声に目を開けるとそこには額から血を流したユリアの顔が間近にあった。
つまり、俺はユリアに床ドンされている体制になっていたのだ。
いい。
実にいいアングルだ。
白いシャツの襟首から見えそうで見えない胸がもどかしいが、そこがまたいいのだ。
って、そんな事を考えている場合じゃない。
ユリアは俺を庇って怪我をしたのだ。
俺は慌てて起き上がった。
「俺は大丈夫です。それよりユリアさんこそ怪我を……」
俺が指摘すると、ユリアは額を抑える。
「大丈夫だ。これくらいの傷、直ぐに治る
」
「でも」
「心配するな、これくらいの怪我なんて日常茶飯事だからな」
そう言ってユリアはゆっくり立ち上がる。
俺もそれに続いて急いで立ち上がった。
「あの」
「何だ」
ユリアが俺を見上げる
「先ほどは敵の攻撃から救っていただき、ありがとうございました!」
俺は足が震えてフラつきながらもガバッとユリアに向けて頭を下げた。
するとユリアは俺に向けて僅かに微笑む。
「お前はアロイスから預かった俺の弟子だからな。師匠が弟子を守るのは当然だろう」
ユリアはそう言うと俺に背を向け、颯爽と去っていった。
カッコイイ!
その姿を見て俺は完全に恋に落ちた。
それまで現実の女の子には微塵も興味が無かったこの俺が恋をしたのだ。
そうこれが恋?
しかも初恋!
だったのにー
だったのにー
だったのにー(エコー)
俺の意識は過去から現実へと戻って来た。
ライブはいつの間にかアンコールを終え
、観客の熱狂は頂点に達していた。
「今日はどうも、ありがとう。みんな〜また、会おうね〜」
ユリアの凜としたよく通る声がマイク(魔法道具屋に作らせた特注品)を通し野外会場に響き渡る。
ユリアは清純な天使のコスチュームを着こなし、可愛らしくファンに手を振っている。
こいつが男なんて、神様、女神様。
あんまりだ〜(泣)
俺は心の中で落胆しながらもユリアに続き
「みんな、愛してるぜ」
とファンサービスを振りまく。
するとファンの女の子達が黄色い歓声を 送ってくれる。
「オリヴァー、私も愛してるよー」
と言う言葉は何度聞いても気持ちのいいものだ。
そう。
俺にはファンの女の子達がいる。
初恋の相手が男だったからって何も落ち込む必要はない。
俺たちはファンの声援を背に舞台袖へと向かって歩き出した。
その時、踵の高いヒールを履いたユリアが段差に躓きよろめいた。
その体を俺は咄嗟に支える。
すると自然に俺たちは抱き合う体制になってしまった。
その瞬間、客席から
「きゃー、いやー」とか
「うおー、離れろー」などという声が上がった。
ついには観客の1人がスタッフのマイクを奪いこんな質問を投げかけて来た。
「前から思ってたんですけど、ユリアとオリヴァーは付き合ってるんですかー?」
その質問に俺は硬直した。
そうだ。
俺たちは表向き、男女のデュオとして活動しているのだから、そんな疑いが出てもおかしくはないのだ。
しかし、その質問にどう切り返すのが、正解なんだ?
あまり親密そうな答えでも、逆にビシネスだと割り切った関係を匂わせる答えでも、ファンの反発を買いそうだ。
するとユリアは俺の首筋に右腕を回し、左手でマイクを構えた。
「私達、従兄弟同士なんです。だから、仲良しだけど、付き合うとかはありません!」
上手い。
実に上手い答えだ。
これからファンもすんなりと受け入れてくれるだろう。
現に会場のファン達の間からは安堵のため息が聞こえた。
「そうだったんだー」
「これからも仲良く頑張ってー!」
そんなファンの声に見送られ、その日のステージも無事大盛況に終わった。
異世界でアイドルを始めたら、相方が〇〇〇でした。 雨宮翔 @mairudo8011
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。異世界でアイドルを始めたら、相方が〇〇〇でした。の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます