第9話 憑き物
ところで。
あれから2週間経っている。
紅倉は夜中遅くに寝て、昼間遅くに目を覚まし、芙蓉が用意していったおにぎりや菓子パンを食べて、芙蓉が大学から帰ってきて夕飯を食べさせてくれるのを待っている。自分では何一つまともに出来ない生活不能者だ。
芙蓉が帰ってきた。
「ただ今帰りました。お腹すきましたね。今支度しますからもうしばらく待っててくださいね?」
調理場でいそいそと夕飯の支度にかかるのを、
「危ないから入ってこないでくださいね」
と注意されるので入り口から眺めながら、紅倉は訊いた。
「ねえ美貴ちゃん。大学は楽しい?」
「はい。楽しくて、充実してますよ」
「それはけっこう。お友達はできた?」
「えーと、まあ、ぼちぼち、と」
芙蓉も決して社交的ではなく、苦戦してるんだろうなあー、と紅倉は思っている。でも芙蓉はルンルンと楽しそうだ。
立ち働く後ろ姿を眺めて。
「ところで美貴ちゃん。
この頃、夜、夢を見てない?」
芙蓉の手がぴたりと止まり、一瞬間を置いて、後ろ向きのまま言った。
「いえ、夜はぐっすり眠るタイプなので。あの、もしかして、何か寝言とか言ってます?」
「うーん…… いえ、別に。ぐっすり眠れてるんならけっこうです」
「はあ……」
芙蓉はスーパーで買ってきたお惣菜を二人分の皿に取り分け、タイマーで炊きあがっているご飯をよそった。芙蓉は料理も初心者で、ただ今勉強中。平日は勉強で忙しいのでできあいのお惣菜で済ませている。お盆に揃え、
「はい、お待たせしました。さあ、食べましょうね」
芙蓉は笑顔で紅倉を居間へ追い立てた。
夜。
芙蓉は12時前には寝るようにしている。
そして、午前2時を過ぎた頃。
二人が住んでいるのはこの界隈で「武家屋敷」と呼ばれている、長い塀に囲まれた、平屋の日本邸宅だ。
下宿している芙蓉はたくさんある和室の一つを個人部屋としてあてがわれている。
障子の向こうに長い廊下が通り、板戸の外は広い庭園になっている。
芙蓉が眠っていると、廊下を白い影がひそやかにやってきた。
深夜放送を見て夜更かししている紅倉だ。
そうっと障子を開けて、中を覗き込む。
「ううーん………」
暗い中、芙蓉のうめき声が上がっている。
紅倉の霊的な目は、夜な夜な白い蛇が芙蓉の寝所に通って来ているのを見ていた。
白い蛇は裾から布団に潜り込み、芙蓉の脚にからまり、肌の上を這いずり、若い肉体を心地良さそうに撫でさすっていく。
「ううーーん…………」
芙蓉がうめき声を上げて、しどけなく脚を開いて寝返りを打つ。
苦しいうめき声……なのだろうか?
ううーん……、という芙蓉の声は、艶かしい色を帯びて、むしろ気持ち良さそうだ。
しばらく眺めていた紅倉は、
「ま、いっか」
と、障子を閉め、立ち去った。
どこで出会ったんだか、誰か巫女に乗り移ったどこぞの神様が通い婚しているらしいが、ちょっとスケベだけれど、ちゃんと力を持った立派な神様みたいだし、それに、女の神様だ。
取り憑かれている巫女体質の子も、美貴ちゃんも、同じ趣味の好き者らしいし、
美貴ちゃんも寝ている間のちょっとしたエクササイズで、むしろすっきり健康に目覚めているようだし、
みんなが気持ちよくて幸せなら、ま、いっか。
と、紅倉は思ったのである。
昼間当人同士が会ったらどうなるんだろうなあ?
なんかややこしいことになりそうだけど……
とも思ったが、それも、
ま、いっか。そういうのはわたし、知ーらない。
と、ノータッチで傍観を決め込むことにした。
昼間。
芙蓉が学食で昼食をとっていると、トレイを持って席を探していた玲緒奈と目が合い、玲緒奈がやって来た。
「ごいっしょしていい?」
「はい。どうぞ」
玲緒奈は芙蓉と向かい合って座り、うーん……、と難しい顔で芙蓉を見つめた。
「何か?」
「別にい。なーんか、健康そのもので、絶好調みたいだなあって思って」
玲緒奈はツーンとして食事を始め、食べながら愚痴りだした。
「あーあ、もうやんなっちゃう。すっかりつきが落ちちゃった感じ。せっかく大きなチャンスを掴みかけたのに、あーあ、天は我を見放したかああ、って感じ。ねえ、聞いてよ、この間輝かしい将来のかかった大事なオーディションがあったんだけどね……」
芙蓉は相変わらず黒真珠のような瞳でまっすぐ見つめている。すっかりやけくそになっている玲緒奈はそれも気にせず、べらべら愚痴を続けた。ムスッと芙蓉を睨んで。
「だいたいあなたも卑怯よ。先生にくっついてなんの苦労もなしにテレビ出てえ」
「すみません」
芙蓉は謝ったが、特に萎縮することもなく相変わらず玲緒奈を見つめ続けている。
はあ、とため息をつき、玲緒奈は芙蓉に駄目出ししだした。
「その服なあに? 花の女子大生なんだから、もう少し明るく華やかな服装にしたらどうなの?」
芙蓉はこの日も相変わらずのグレー系統の服装だ。
「すみません。あんまりファッションには興味なくて」
「駄目よ! 女の子なんだから! いい?女の子が女の子であることを武器に出来るのなんて、長ーい人生の、ほんの短い期間だけなのよ? 自覚して、若さを楽しみなさいよ?」
「はあ、すみません」
芙蓉は謝りながら、なんだか楽しそうで、じっと玲緒奈を見つめている。
玲緒奈はいらっとしたようにふんぞり返るとあごをしゃくるようにして言った。
「車持ってるのよねえ? 今度わたしの運転手になってよ。ぱーっとお買い物して、憂さ晴らしよ。あなたの服も選んであげるから、いいでしょ?付き合ってよね?」
「はい。では時間の合う時に」
ニコニコする芙蓉に、フン、と面白くないように顔を逸らして玲緒奈はグラスの野菜ジュースを飲んだ。まだニコニコしている芙蓉をジロリと横目で睨み、
「あなた、変よ?」
「よく言われます」
全然気にしない芙蓉に、諦めたようにまたため息をついた。
「ま、いいけど。じゃあねえ、わたしのスケジュールは、と」
と、携帯を開いて調べ出した。
芙蓉はその間に食事を進め、彼女はどうやら玲緒奈のことが好きなようだ。
終
2014年6月作品
霊能力者紅倉美姫4 寝苦しい夜 岳石祭人 @take-stone
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