第8話 結果
また1週間後、オーディションの結果が事務所に通知されて来た。
玲緒奈は残念ながら不合格だった。
メールで結果を報らされた玲緒奈は、傷心のうちに事務所に里子を訪れた。
「もう、最っ低でした」
当日のことを思い返すとムカムカ腹が立って来て、憤懣やるかたなく里子にぶちまけた。
「宇賀神妙子って子です! 何よ、あの女! 面接前には『綺麗な女の子大好きなんですう』なんて妖しいこと言って、いざ面接になったらころっと明るい清潔なお姉さんキャラに変身して、『ハイッ。ハイッ』なんてハキハキ返事しちゃって、蛇どころか、とんだ狸か狐ですよお!」
玲緒奈は古くさい例えでプンプン怒って宇賀神を攻撃した。
一通り怒ると、がっかりして、
「おかげでわたしはすっかりペースを崩されちゃって、受け答えもしどろもどろで、もう頭の中真っ白。あーあ、最低。もう1回オーディションやり直したい………」
と、これをチャンスに芸能界への道を駆け上っていくはずだったのに、すっかり落ち込んでしまった。
「残念だったわねえ」
里子はそう慰めてくれたのだが。
「実はね、玲緒奈。あなたにもう一つ残念なお知らせをしなくちゃならないの」
「えー…、なんですかあ?」
玲緒奈はあまり聞きたくない気分で里子を見た。
里子は静かな目で玲緒奈を見つめて、言った。
「実はね、わたし、ここを辞めることになったの」
「えっ!?………」
青天の霹靂、寝耳に水、うっそー、なんてこったい、で、玲緒奈はしばし二の句が継げなかった。
「本当……ですか? どうして?…………」
「うん……。実はこれも言いづらいんだけど、わたし、そのモデルエージェンシーに行くことになっててね」
「行くことに……なってて?」
里子は申し訳なさそうに静かにうなずいた。
「あなたも、一緒に行けたらよかったんだけど」
「どういうことです?」
「あなたもご指名で推薦されていたの。もしオーディションに合格していたら、わたしがあなたのマネージャーとして、一緒に移籍できる約束になっていたの。結果は、そういうことで、残念だわ」
「えー、何それ?」
玲緒奈は泣きたくなった。
「いつからそういう話になっていたんですか?」
「この前のエコ技術の展示会で、エージェンシーのスカウトマンが目をつけた子がいたの。その子に移籍を打診したところ、一つ、というか、いくつか条件を出してきてね。一つは、わたしをマネージャーとして雇うこと」
玲緒奈は目を丸くして里子を見つめた。
「それと、彼女が目をつけている他の子も一緒に移籍させること。これはスカウトマンとしてもその場でイエスと言えることじゃないから、じゃあオーディションをして、合格したら契約しましょうと、そういう話でまとまって、それがあのオーディションの裏のオーディションだったの」
玲緒奈は、ガアーーーンン…… とショックで、しばらく放心した。直々に推薦を受けていたなんて、栄光への道はすぐ目の前に門が開けていたのに、無惨に玉砕するなんて…………
ようやく半分くらい立ち直ってきて、訊いた。
「そのスカウトされた子って、誰なんです?」
「宇賀神妙子さんよ」
やっぱりな、と、ため息と一緒にすっかり気が抜けてしまった。
「なんだかもう、さっぱり訳が分からないわ。
わたし、夜な夜なわたしを苦しめていた蛇が宇賀神さんだって、間違いなく、確信があるんです。
その蛇があれっきり現れなくなって………
嫉妬深い怨念から解放されて、すっかりさっぱり気持ちよくなっていたのに、
こんな落とし穴が待ち受けていたなんて…………
わたしも宇賀神さんが推薦したんですよねえ?
そのくせ蛇になってわたしを苦しめて、
いったい宇賀神さんって、なんなんです?」
「蛇、ねえ………」
里子も悩ましくため息をついて言った。
「わたしも余計なことをしちゃったのかしら? お札をもらってきて、蛇を追い払っちゃったでしょう?」
玲緒奈はうなずいた。
「それが拙かったのかしら? わたしもどういうことか分からないけれど……
宇賀神って名字、
宇賀神ってね、蛇の体を持った神様の名前で、
弁財天のいわば家来みたいな神なのよ。
弁財天は、分かるわよね? 七福神の一人で、琵琶を持っている、芸能や財宝の神様よ。
元々はインドの川の神様で、龍や蛇に化身すると言われているわ。それで同じ蛇の宇賀神と一緒になったのかしらね?
そういうわけで、実は蛇は弁財天に通じるありがたい物だったのかもね?」
「そんなあ……」
宇賀神妙子は女の子に興味があるような妖しいことを言っていた。もし、あの嫌らしい蛇のなすがまま、身を差し出していたら、弁財天のご加護を得られてオーディションに合格できていたのだろうか?
無理ね、と思った。足がつるんだもの。
足がつったのは、蛇の妖力で金縛りになったのと、
自分は蛇アレルギーなんじゃないか?
と思った。
そもそも蛇に生脚をまさぐられて平気な女子なんているか!!
「うかつだったわ。ごめんなさいねえ」
里子は謝罪を重ね、玲緒奈はもう、
「あはははは………」
と、乾いた笑いを発するしかなかった。里子は深刻な目をして、
「やっぱりわたしもあっちに行くのはやめようかしら」
と言ったが、玲緒奈はびっくりして止めた。
「駄目ですよお、里子さんは行かなくちゃ」
「どうして?」
「里子さんだって本当は芸能界入りしたかったんでしょう? マネージャーだって……里子さんならタレントでも行けるんじゃないの? 案外それを狙ってたりして?」
「ないない」
里子は手を振って苦笑したが、まんざらでもないように玲緒奈には見えた。
「わたしがいなくなって、玲緒奈、大丈夫?」
「大丈夫です!……とも言えないけれど、頑張ります!」
両手で「ムン!」とガッツポーズをとった。
「オーディションではわたし最悪だったんです。今度またチャンスがあったら、今度は逃しません! だから、里子さんは、わたしが行くのを待っていてくださいね?」
「そう……。うん、分かった」
里子も自分を納得させて笑顔でうなずいた。
「頑張ってね。待ってるわ」
「はい! 頑張ります!」
里子にああは言ったものの、玲緒奈のショックと落ち込みはひどかった。
運も実力のうちよね。
わたし、才能ないのかなあ……………
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