第3話 異空間
象形文字が目の前をスロットマシンのように通り過ぎる。
ノンストップだ。止めようにもレバーがない。
突然、私はマジョルカ島にいた。マジョルカ島なんて行ったことがないのに、私ははっきりと、それがマジョルカ島だと分かった。
白い十字架が立っている場所に降り立った。リャド(画家)の墓だ。
その横に私は同じ十字架を立て、土の中に横たわった。
瞬く間に、漆黒の眠りに陥った。
数時間眠っただろうか。
今度は頭上の高い天の所にエネルギーの塊があるのが見えた。
その圧倒的なエネルギーが稲妻のように下りて来た。
私の第三の目を目指して、頭の中を貫いた。
「ヴァー」
私は人間ではないような叫び声を上げて、上半身を起こした。
肩で荒々しく息をした。汗がひとりでに滲み出た。
一体、私の身に何が起こったのだろうか?
混乱の極みの中、私は一人で震えた。
私は何日も碌に食べていない。
自分の意志ではなく、体が食べ物を受け付けなくなった。結果的に断食となった。
体重は見る見るうちに減って行った。修行者は断食をするもんだと、自身、痩せ細った体を抱きしめた。
更に修業を積極的に行おうとした。
私はずっと、只、椅子に座っていた。絶対に動いてはいけないと、自分に言い聞かせ、
じっとしていた。何時間も息を潜め、座っていた。
足が自然と宙に浮かび上がった。
そういう日々を過ごしていると、当然というか、来るべきして来るというか、悪魔が私に襲いかかった。
私は一人で悪魔祓いをした。
「悪魔よ、立ち去れ」
家中に塩をまいた。
白い紙に悪魔が現れて、私に向かって来る。
「神父さまにも頼まないで、一人で悪魔祓いをするなんて」
と 耳元で誰かが囁いた。
私は自分で描いた気に入らない40号の水彩画を破いた。
展覧会が続き、私は疲れ果てていた。
和室に油絵100号2枚を並べ、描きながら、そこで寝ていた。
色彩は暗く、テーマは戦争で苦しむ人物群像だった。
並行してデパートに出す小品を10数点描いていた。
更に美術館でのボランティアガイドの世話人をしていて、そちらでも忙しい。
マグリット展を案内して、自分がマグリットの世界に彷徨った。
そういう生活をしていると神経が参るのか、とにかく私のキャパシティを遥かに超えていた。
ねじが壊れてしまった。張り詰められていた糸が切れ、突然、私の中の自身が崩れ始めた・・・
私の左腕の内側には「善」が浮き上がった。
かかりつけの内科に行った。
柔和な医師の顔を見て安堵し、さっそく左腕の内側を指差した。
「先生、『善』て、ここに浮き出ているんですけど・・・」
と 私は訴えた。
「大丈夫。浮き出ていない。私を信用しなさい」
と 先生はきっぱりと言われた。
私は別室で点滴を受けた。
看護師が腕に注射針を刺すと、血がどっと流れ出た。
時代劇に出て来るような着物を着た老婆が、隣のベッドで点滴を受けている。
この病院は何かがおかしい。
昼夜の区別のない世界に私はいた。
壁が個体でない感覚がし、手を置きおすと、指がずぼっとのめりこむような気がした。
壁にヨーロッパ中世の衣裳を着た女の人が浮き上がり、メッセージを送って来る。
庭のバラを見ると、花がズームして、目に飛び込んで来た。
眠ったら眠ったで、意識だけが覚醒して、一面に雲が敷き詰められている空間にいた。
行けども行けども、雲海が眼下に広がっている。
場面が変わり、今度は格子の幾何学模様がずっと続いていた。そこを通って行くと空に出た。下を見下ろすと大河が見えた。左に黒い船が二艘小さく浮かんでいた。
数日間後の就寝中、右のこめかみに、「ブチッ」という音と共に、何かが突き刺さったような痛みがした。
それと同時に、目の前にスクリーンが出来、突然、磔刑図が暗闇を背景に浮かび上がった。
それは白く光り輝いていた。左下には純白の天使が祈っていた。何とも神々しい神秘的な光景だった。
私は目前に起こった信じられない光景を呆然として見詰めた。
別の夜、二列になった一クラスの小学生を引き連れて、私が先頭に立って歩いていた。
お気に入りの銀ラメの入った黒のアンサンブルを着ていた。
そのヴィジョンがくっきりと見えた。
「チィチィパッパ、チィパッパ、すずめの学校の先生は・・・」
と 何故だか『すずめの学校の先生』の曲に合わせ、栄光教会に行進して行った。
まだ私は眠れない日々を過ごしていた。
頭の所から地に平行に日本地図が広がっているのが見えた。頭を日本の中心にし、北は北海道、南は沖縄まで続いた。
夜景で、無数の灯が日本地図というか日本を覆う。
おびただしい数の子供から、声を合わせて、
「遊ぼう。遊ぼうよ。遊ぼう」
と 呼びかけられた。
各地に白装束の大人の神が立ち、
「静まれ。静まれ」と 言った。
「どうして遊べないの?遊ぼう」
大きな声だった。
しばらくすると、天の地球と労働の地球に地球が分かれて行った。実際に分かれて行く様が見えた。
天の地球はどんどん離れて行き、私は労働の地球にとどまった。
「どうして、こっちに来れないの?」
と 子供達は何度も残念そうに、大人の神に尋ねていた。
「恵さんはまだこちらに来ないんだって」
と 男の神様は言い、子供達をなだめた。
とうとうその夜は一睡もできなかった。
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