月蝕の魔弾

@ontology

第1話

 10年以上前に見た夢だったと思う。

 人生において初めての携帯を購入した、確か黒い色のガラケータイプの携帯だったと思う、記憶の中ではあまり良いデザインではなかったかもしれない。

 年齢的に盛りだったのもあるのだろうか、調べては出てくる出会い系サイトにどんどん登録していって、とにかく手当たり次第にいろいろな女性とコンタクトをとっていった、現実世界のヘタレ具合とは正反対の行動力だった。


 そうこうする内に、一人の女性と実際に駅で会おうという約束を取り入ることができた、しかし、何らかの理由でお互いの自画像の情報を送りあうことができなかった、通信量の問題だっただろうか、夢なので記憶がぼんやりしている。


 そのような理由で、相手の女性に本人だと証明できる、服装や容姿などの情報を教えてほしいと懇願した。しかし、返ってきた返事は奇妙なものだった。



 「教える必要はないよ、実際に一目見れば私だって分かるから。」



 少し首を傾げそうになったが、その疑問は思春期特有の高揚感にかき消されてしまった。



 駅について辺りをキョロキョロと見まわしてみた。

 (一目見れば私だとわかると言っていたけど、どういうことなんだろう?)

 当然と言えば当然の疑問がもやもやとした霧のような疑念として立ち込めていた。しかし、そのような疑問も一瞬でかき消されることになった。



 見つけた、というより、「強制的に、視線を固定された。」と表現したほうがより正確だろうか、周りの背景と明らかに調和の取れていない異物が目に入った。



 「それ」は、おそらくは人間と言っていいのだろうが、顔がおかしかった、正常な人間なら本来二つの眼球がはめ込まれている位置が、全くの空洞であり、そしてそれは、普通の人間の眼球の直径より二回りほど大きな真っ暗な深淵を形作っていた。

 鼻があるはずの位置には、突起が削がれ、痛々しい鼻孔を露呈している。かろうじて口元だけは、人間としての口がついている、が、ゆるく弛緩し、口内にとどまるはずの唾液はデロデロと野良犬のように、奔放に滴らせていた。


 自分は「それ」を見た瞬間、踵を返して速足でその場を立ち去ろうとした。不安と恐怖は駆動のギアを無理やり引き上げた、すぐさま逃げなくては、気づかれないように、早く、早く、この場から去らなくては。


 しかし、急いで逃げようとした自分の様子を見て察したのだろうか、「それ」は大きな足音を立てて、こちらへ近づいてきた、「コツ、コツ、コツ、コツ」と、一歩一歩の歩幅が大きいのだろうか、すぐに距離を詰められた。そして何やらしゃべりかけてきた。


 「なんで??、なんで逃げるの???なんで???約束したじゃない???なんで

なんで??、なんで??ナンデナンデナンデナンデナンデナンデ????」


 自分は逃げた、パニックに近い精神の爆発が、足の動きをさらに速めた。


 「なんで??なんで??ナンデナンデ???ナンデナンデナンデ????ナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデ……。」


  この時、自分の中の思考は、理性によるコントロール化を完全に離れ、原始的な生命としての本能に支配されていた。勝手に手も足も動いて、必死になって逃げる、それは意志によるものではなく、恐怖によって支配された衝動だった。


 しばらくそうして逃げると、必死の努力の成果があってか、追ってくる足音と絶望感を植え付けるセリフはもう聞こえなくなっていた。しばしの安息を得た。


 ゆっくりと歩きながら心臓の鼓動を安定させようと思った、駅からはだいぶ離れて目に見える光景は住宅街へと変貌を遂げていた、自分は住宅街をしばらく歩いた。


 歩くうちに、自分が今いる道の前方左手側に空き地があるのを見た、自分はその空き地をぼんやりと見ながら近づく形となる。そして空き地の中心になにかがあるのに気付いた。


 それは、信号機がある十字路などによく配置されているような、交通安全を意識させるための像だと思う。黄色い制服と黄色の帽子を被った、おそらくは小学生くらいの背丈の像が右手を挙げて歩道を渡るときのポーズをしているものだった。


 そしてその像もやはりおかしかった、その像は左足が無かった。左足の付け根から膝にかけての中間あたりから足は切断されており、切断面から上に向かって浸食するかのように錆が広がっていた。


 自分はその像の表情を凝視してみた、先ほど追いかけてきた化け物とは打って変わって、その像は目もついている、鼻もついている、口も正常に閉まっている。人間の顔としての条件はすべてそろえている、そろえているのだが、何かがおかしいのだ。


 それは「生きている人間」という感覚を全く感じさせるようなものではなかった、それどころか、死んでいるもの、無機質の虚無性で満たされているかのような表情だった、「ただの人形であり像なのだから当然だろう」という枠では収まり切れない虚無的な嫌悪感を湧きあがらせた、人間の顔の起伏に、目と、鼻の孔と、口と、眉毛の色を塗った、それだけ、それ以外に何の意味も生気も感じさせるものではなかった。全くの無機質な素材で、本来ならば「人間」という温かみや生命の息吹といったものが感じられるはずのものを表現しているからこその不調和、グロテスク性なのだろうか、不気味の谷の深淵がそこにあった。


 あまり見ていたくなかったので、自分はやや足早にその空き地を通り過ぎた、通り過ぎる過程でその像の目線を横切る形になるが、その時背筋が凍る思いだった、何も起きることはなかったが……。







 すこし歩くと、自宅(?)の近くまで来た、部屋に入って休みたい気分になった、

 しかし。


 自宅(?)の玄関前に、さっき逃げて撒いたはずの、あの化け物がキョロキョロとあたりを見回している、自分のことを探しているようだ、先回りされていた。絶望感がまた湧き上がってきた、「なんとか気づかれないように、静かに逃げなくては」と思った矢先だった。


 化け物はこちらを見た、自分はパニックの発作が起きたように、踵を返して逃げようとした、自分でも素早い反応だったと思う、スタートダッシュは早かった、そして四歩か五歩進んだところで自分は転んだ。


 何が起きたか自分でもよくわからなかった、つまずくものなど何もなかったし、パニックといえどもあせって転ぶほど体がうまく動かなかったようでもないと思っていた。だが理由はすぐに分かった。


 自分は左足を欠損していた、切断面からゲルみたいな血が出ていた、そして振り返ると、化け物が分離した自分の左足を口で咥えながら自分のほうを見ていた。どうやら何らかの攻撃手段で左足を切断されたようだ、頭の中がグチャグチャになって熱くなった。


 左足がない状態でよたよたしながら逃げた、逃げて逃げてとにかく逃げた、逃げるうちに自分はさっき通りがかった空き地に戻っていた、そして先ほどとは違う空き地の様子に気づいた。


 空き地の真ん中に立っていた像の状態が、さっきとは変わっていた。像は右目が無かった、というより、顔の右上部に大きい穴が開いて、像の中の空洞を露呈するような形になっていた。今見ている像は左足と右目が無い状態になっていた。


 かなりの気持ちの悪さがあったが、自分は逃げるのに必死だった、片足が無い状態でどのようにして逃げたのかは詳細は思い出せない、とにかく化け物から距離をとるために走った。


 

 走るうちに、自分は待ち合わせ場所の駅へと戻ってきてしまった、

 そして駅には……、また化け物がいた。今度の化け物はあたりを見回して自分を探すような動作などしていない、あらかじめ自分がここに来るのを分かっていたかのように、じっと自分が化け物の位置に気づくのを待っていたような素振りをしていた。化け物は目が合った瞬間「ニヤァ……。」と笑った。


 自分はこの時、半分諦めたような気持になっていた、しかし、まるで予定調和で台本通り動くピエロ役者のように身をひるがえしてまた逃げた。


 今度は一瞬で回り込まれ、逃げ道をふさがれた、化け物は手刀のような動作で自分の顔面をめがけて攻撃してきた、手刀は自分の右目をくりぬいて、グチャアという下品な音を立てて自分の血をまき散らした。右目を取られた。


 化け物の脇を通り越して、また自宅方面へと戻るように逃げた、そして途中、像がある空き地にまた戻る形となる。像の状態はまた変化していた。


 今度の像は右手が欠損していた、今見ている像は、左足と右目と右腕が無い、自分はここでようやく気付いた。


 つまりはこういうことだ、像が欠損した体の部位は、次に化け物と接触するときに化け物から攻撃を受けて欠損する自分の体の部位と対応している。はじめ像を見たとき左足が無かった、そのあとは左足を取られた、次に像を見たとき左足と右目が無かった、そのあと右目を取られた、今見ている像は左足と右目と右腕が無い……、次は右腕を……。


 そのあとの夢の展開はとても目まぐるしいものだった、自分は自宅に戻る、右腕を取られる、また反対方向に戻り、空き地の像を見る、像は左腕が無い、駅に戻る、駅で左腕を取られる、反対方向に戻る、像を見る、鼻が無い、自宅前で鼻を抉られる。

 何回も何回も往復しながら体の部位が取られていく、両足、両腕、鼻、口、目、自分はマリオネットのように動いた、恐怖も、逃げる意志すら無くなっていく、ただ嫌悪感だけがあった。


 そして最後に、自分はどこだかよくわからない場所で化け物に心臓を取られ、夢の中で死んだ(?)らしい、目が覚めた。







 汗が滝のように出ていたように記憶している、その日は学校を休んだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

月蝕の魔弾 @ontology

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る