5-5 質問

「私、思い出したんです。あなたと、そこにいる《ハーフ》に会ったことがあるってことを」


 首元に下げたゴーグルを握り、私は緊張で震える声を絞り出した。タカハシとの距離は保ったまま、再びここに来た理由を明かす。


 刀使いの少年もタカハシの横に立っていた。腰に刺した刀の柄に手をかけたまま微塵も動かず、空虚な眼差しで私を見つめている。


「だから、教えていただきたいんです。なぜ私が――」

「この間は『思い出す手伝いを頼んだのはおこがましかった』と言っていたのにかい?」


 思わずぐ、と詰まった私にリンさんの助け船が出る。


「私からもお願いします」


 一歩前に出て、私をかばうように立つ。その声はまるで砂漠一帯に響くような凛然とした声だった。


「私はリンと言います。この世界がなぜ終わったのか、なぜ戦争が起きたのかを調べています」

「……ほう?」


 タカハシが興味を持ったことを感じ取り、リンさんは続けた。


「今回は部品との交換という形で過去に関する情報を私たちにいただけないかと思いまして」


 この言葉と同時に、部品や機械が入った大きな布包みがどさっと地面に下ろされるとタカハシは高らかに笑った。彼が大きく頷いていることから、彼女の提案が効いたことが分かる。


「気に入ったよ。では私が答えられる限りの情報を君たちに渡そう。そうだな、一つの質問あたり一つでどうだろう」

「妥当ですね、よろしくお願いします」


 瞬く間にリンさんが交渉を成立させてしまった。私が口を開けて驚いている間に最初の質問が飛ぶ。


「なぜ戦争が起こったのかを教えてください」


 リンさんは取り出した一つの小さな鉄の欠片をタカハシに向けて投げた。それを受け止め、男は笑って手のひらを見せる。


「全ての質問を終えてから一度にもらうよ。君たちはどうしても私には近づきたくないようだし、毎度投げるのは面倒だろう」


 そう言って手にした物をポケットにしまい、白衣の襟を正しながら質問に答えた。


「戦争の発端は未知の生物の襲来だ。当時我々はその生き物を《影の獣》と呼んでいたのだが、どこから湧いたのか人間を襲うようになってね」


 私たち三人は顔を見合わせた。やはり戦っていた相手は獣だったのだ。


「……本当に戦っていた相手が《獣》だったとして、なぜ世界はこんな有様に? 人間相手ではない戦いが世界にここまで大きな爪痕を残す理由がわかりません」


 棒状の機械を手に取ったリンさんが隣に広げたもう一枚の布上に移動させた。後でまとめて渡すために分けているようだ。


「それは《獣》が高度な知性を持ち、攻撃を仕掛けてきたからだ。巧妙な戦略を持って襲ってきたり、鋭い爪や牙だけではなく口から光線を放ったりされれば人間側もそれに応戦できる大きな力を行使するしかなかった」


 このような具合で二人の質問と回答が繰り返され、時間と共に持参した機械や部品の山は小さくなっていった。


 白熱していくやり取りはしばらく止まらず、私は地に腰を下ろしてそれを聞いていた。アヤちゃんに至っては犬と戯れ始めており、夢だった生き物を目の当たりにして顔を綻ばせている。


 前回私に攻撃的だった犬は不思議なことにとても人懐っこくなっていた。タカハシが『ボディーガード』と言っていたし、主人に危害がないと判断すれば大人しいのだろうか。


 そう思い、私は恐る恐る犬に手を伸ばした。が、


「チホちゃん!」

「わー?!」


 突然名前を呼ばれて驚いた私は大声を上げ、犬もそれに驚いてアヤちゃんの後ろに隠れてしまった。


「勢いに任せて私ばっかり質問しちゃったてた、ごめんね。次はチホちゃんの番だよ」


 ついにこの時が来た。再び滲み始める緊張を振り払い、立ち上がってタカハシに向き直る。


「──教えてください。私はなぜ旅をしているのでしょうか」


 にこにこと笑みを浮かべていた男は少しの間をおき、そして答えた。


「君がなぜ旅をしているのかは残念ながら私も知らない。もし知っていれば最初に出会ったときに教えたさ」


 私は深く、はあとため息をこぼした。遣り切れない。タカハシに聞いても分からなければまた地道に思い出そうと覚悟は決めていたが、現実を突きつけられるとやはり苦しいものがあった。


 肩を落とした私を見兼ねたのか、タカハシは励ますように声をかけてきた。


「そんなに落ち込まないでくれたまえ。旅についてはわからないが、君の過去についてなら教えられる情報もたくさんある」


 顔を上げるとポケットに手を入れ、次の質問を待つタカハシが私を見つめていた。彼の白衣がはためき、ナイフで思い出した光景と重なる。


 ――そうだ、旅の目的を彼が知らないのは仕方がない。今はできる限り自分についての情報を集めるしかない。


「なら、私について教えてください。どんな《ハーフ》として戦争に赴いていたのか、あなたや隣に立つ彼といつ出会ったのか、私の目にひびが入ってしまった理由――」

「おっと、それらの質問一つひとつに報酬をもらうよ? リンくん、まだ残りはあるね?」


 つい矢継ぎ早に質問をしてしまった私はリンさんを振り向いた。彼女は泰然と答える。


「ええ、もちろん。安心してください」


 これにタカハシは機嫌よく頷き、私の質問に答え始めた。


「チホくん、君は攻撃型の《ハーフ》として戦っていたよ。本当に優秀な《ハーフ》だった。部隊のリーダーとして隊員を率い、周囲から大きな信頼も得ていた」


 リーダー? 私が? 思いもよらない言葉に私は耳を疑ってしまう。


「どんな作戦もそつなくこなすが、酷く仲間思いだった。それが仇となり君はその右眼に傷を負ったのだよ。傷を負ってもなお、君は仲間を守り切れなかったことを悔やんでいた。私は誰かのために動く人間ではなかったから、それがとても不思議に思えたことをよく覚えている」


 マルさんを腕を失ってまで守ったり、仲間のために眼を傷つけたりと、私は誰かのために自分を犠牲にするような性格だったらしい。つい最近人との付き合い方に慣れたばかりの今の私にはどちらも全く想像がつかない行動だ。


 ふと、タカハシは刀使いの少年の頭を撫でた。少年がゆっくりと瞬きをした後、タカハシは再び質問への回答を始める。


「君が《獣》に対抗する軍の中にある隊のおさであったように、彼も他隊の隊長だった。そして私も軍の職員だったのだから、私たちは顔を合わせることがない方がおかしい関係だったのだよ」


 様々な回答を聞いた私は漠然と「なぜ」と思った。その原因は今の私と過去の私の大きなギャップ。そして記憶が一つとして過去とつながらないこと──


「それはつまり、あなたが私たちやこの世界の真実に詳しいのは軍の一員だったからだということですか? あなたが言っていることは信用してもいいのか確信が持てません」


 ずっと黙っていたアヤちゃんが口を開いた。私のピンと来ていない顔に黙っていられなくなったのかもしれない。


「それにその白衣姿、私の両親と似た格好であることが気になっています。あなたは何者なのですか?」


 リンさんが残り少ない鉄の山から二つを手に取り、移動させたのを見てからタカハシは答えた。


「疑うのも無理はない。しかし私はこれでも軍の幹部と言っても差し支えない立場にいたからこそ、君達やこの世界の事情に詳しいのだよ。例えば、証拠に君たちの名前は憶えていなかったがコードは覚えているよ──チホくんは01、リンくんは065、そして君は054だろう? 私自身、《ハーフ》の技術を専門にしていたからしっかり覚えている」


 そして《クォーター》だけは管轄外だったのだと付け加える。彼が言った私たちの番号コードは合っているし、マルさんをすぐに思い出せなかったことにも納得がいく説明だ。これで彼が私たちや戦争に詳しい理由がわかり、信用していいということになる。


「しかし残念ながら君の両親については何も答えられない、特に覚えがないからね。もしかするといつかどこかですれ違ったりはしていたかもしれないが……」


 欲していた両親についての情報を得られなかったアヤちゃんだが、私のようにがっかりすることはなかった。なぜならもう一つ、むしろ本命と言える質問が残っているからだろう。


「ではあなたの犬が《獣》と同じ種類なのか、またどのような動物なのかを教えてください」


 アヤちゃんに抱き上げられた犬はすっかり彼女に心を許しており、腕の中で心地よさそうに目をつむっている。


「ああ、その子は《獣》と全く異なるわけではないが別の生き物だよ。《獣》は黒い毛並みを持っていたが、彼は白色だろう――」

「違う」


 タカハシの言葉が遮られた。全員の視線が「違う」と言い放った人物――リンさんに集まる。


「アヤちゃん、その犬は生き物じゃない」

「ど、どうしてですか? 空を飛ぶ鳥のような鉄の体ではありませんし、毛並みも……、それに体温だって……!」


 ぴょんとアヤちゃんの腕から逃げた犬はタカハシのもとへと駆けて行く。その犬を仰視しながら、リンさんは呟くように言った。


「だって、そう書いてあるんだもの……」


 そう口にした後、リンさんは俯き、よろめきながら頭を抑えた。それは出発前、アヤちゃんが大量の記憶を思い出した時と同じような症状だった。


「眼に犬の情報が映ったのかい? すごいじゃないか、君の体が《ハーフ》としての機能チカラを取り戻し始めているんだよ、

「「――?!」」


 リンさんは「リン」としか名乗っていないのに、なぜ知っている? 


 低く呻いていたリンさんがゆっくりと顔を上げ、微笑んだ。そして目を細めている男に、溢れんばかりの愛しさを込めるように囁いたのだった。


「父さん……」

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終焉の零れ子たち 風凛 @fuwari_11884

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