第4章―2
雨か雪でも降り出してきそうな空だった。空といえば、十二月に入ってから青空を見た記憶があたしにはない。あれ、ホントにどうだったっけ。
そんなことを考えながら歩いていると、隣を歩くモモが声を発した。
「ナゴ、いなかったな。他の猫はわりと見かけたけど」
「んー」
思ったよりも気の抜けた声が出てしまったけれど、モモはなにも言わなかった。だからあたしはまた、意識を自分の中へと潜らせる。空のことを考えるのではなくて、今度はナゴについて思考を巡らせる。
あたしたちはナゴに会うことができなかった。にゃか女の校舎内やグラウンドなど、結構くまなく探したのだけれど、どこかですれ違いになってしまったのか、他の猫の姿は見つけてもナゴを見つけることはできなかったのだ。
最近、鮫島さんのことでもやもやしていたせいかもしれない。あまり物事を悪い方向に考えたりしない質のあたしなのだけど、今日はどうもネガティブなことを考えてしまう。たとえば、ナゴはあたしに会いたくなくて、だからあたしに見つからないようにどこかに隠れてしまったんじゃないかとか。
県道沿いの歩道をモモと歩く。自分の家に、引き返すようにとぼとぼと。
そうしてしばらく無言で歩いていたあたしたちだったが、そこそこ大きな踏み切りを渡り終えたとき、出し抜けにモモがあたしの手首をつかんだ。
「なに?」
言いつつモモに目を向けて、けれど言葉を続けることができずに、あたしはただ瞬きのみを繰り返す。
マジメな顔をした、モモがいた。栗色の大きな瞳をまっすぐにあたしへと向けて、決して逸らすことなく見据えている。軽くあしらうなんてことはとてもできそうになくて、あたしたちは暫し見つめ合うことになる。
カン、カン、と踏み切りの警報機が鳴り始めた。後方ではきっと遮断機がおり始めている。
「おまえさ」
警報機が音を発する中、モモが口を開く。随分と聞き取りにくいタイミングで言うんだなと、頭の中でぼんやりと考える。
やがて遠くの方から聞こえてきた。電車がこっちに向かって走ってくる、その音が。ごう、ごごう、と確実に近づいている。大きくなってくる。
「おまえ、なんだかまた――つ――」
聞こえない。
ねえ、なにを言ってるのか全然わかんないよ。
こんな、電車が通っているときに言うなんて。
それで聞こえると思ってる?
それとも、ねえ。モモ。
――それ。わざとだったり、する?
警報機の、音が止む。
遮断機があがったのだろう、あたしたちの横を車が通過していく。
あたしたちはお互いに言葉を交わすこともなく、マジメな顔をしてその場に突っ立っていた。
傍から見たら不思議な光景だろうと思う。だって、あたしにもよくわかっていない。わかっているのは、まだあたしの手首をつかんだままでいるモモだけなのだ。
「……ねえ」
呼びかける。かすれた声で。あたしからなにか喋らないと、ずっとこのままなんじゃないかって気がしてきたから。
すると、モモがぱっとあたしの手首を離した。自分からつかんできたくせに、驚いているような焦っているような、なんだか色々な感情が入り交じった顔をしている。
「変なの」
「え?」
「だってそうじゃん。いきなり手首つかんできて、電車がちょうど通過するときになにか言って、それでなんか、よくわかんないけど今は焦ってるみたいな顔してる」
「そんなこと――」
「ある。ねえ、なんなの? モモ、今のは一体なに?」
モモは答えなかった。あたしから目を逸らすと、まるでなにか言い訳でも探すみたいにふらふらと視線を彷徨わせるのだ。
「モモ――」
「い、行きたいな! ……って」
「え?」
意味がわからない。
「なに? なんのこと?」
「そう、だから、その。行きたいなって、……ねっこ通りに、行きたいなって思ったんだ!」
いいや、違う。モモがさっき言おうとしたのはそんなことじゃない。
多分、あたしのことだった。あたしに関することだった。
だってモモは、なんだかよくわからないけれど、『おまえさ』って最初に口にしていた。
あたしのことなんでしょう? あたしのことで、なにか言いたかったんでしょう?
けれどそれ以上尋ねることができなかったのは、モモの目から今にも涙がぼろぼろと零れ落ちていきそうだったから。
「……行くの? ねっこ通り」
モモは口を噤んだまま、だけど深く頷いた。
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