そは彼の人か 2
翌日、エドマンドは一等地にあるカフェの個室を予約し、夜には三人で食事を楽しんだ。
ヴィオレットとハリーは相変わらずの様子だったが、明らかに距離が縮まっていた。
冗談を言い合い、柔らかな笑みを向け合う。
互いを見つめる眼差しの中には、親愛と情熱が見え隠れしていた。
その翌日、エドマンドが仲介を頼まれることはなかった。どうやら手紙をやり取りすることになったらしい。
いつの間にそんな約束が交わされたのか、エドマンドは首をかしげるしかなかった。
以後、毎日逢瀬を楽しんでいるようだった。連れ添って市内や郊外を観光し、夜には劇場に現れた。
目立つ二人が噂になることはなかった。ヴィオレットがなんらかの術を使い、己の存在感を薄くしていたからだ。
幼馴染にも友人にも見捨てられたエドマンドは、ヴィオレットの従者たちと遊ぶことにした。
主人に放置されて暇だったせいもあってか、女たちはリュテス市を満喫してくれたようだ。
きゃあきゃあと
だが同時に引っ掛かりを覚えた。いくらなんでも、妙にはしゃぎ過ぎだと。普段は物静かなエミリアまで、声を立てて笑っている。まるでヴィオレットと共にいるかのような高揚を見せていた。
そんなある日、最年長の従者・シルヴィアが
「エドマンド様。ヴィオレット様は、ハリーという男を従者にするおつもりでしょうか」
未だ主人の戻らぬホテルの部屋には、エドマンドとシルヴィアと、あと他に四名の従者がいた。『
「どうだろう、まだわからないんじゃないかなぁ」
エドマンドは嘆息し、くちびるを尖らせた。だって、二人ともエドマンドになにも話してくれないのだから。仲介を務めた功労者のことなんてすっかり忘れてしまっている。
「でもねぇ」「ねぇ」
女たちは目を見合わせ、くすくすと笑う。シルヴィアだけは硬い顔をしていたが、やがて胸を押さえ、慈愛に満ちた表情を浮かべた。
「ヴィオレット様は、未だかつてないほどに楽しんでいらっしゃる。我々の心には、あの御方の歓喜がはっきりと伝わってきます」
「なるほど。道理でみんな、気持ちが昂っているんだね」
だからいつもよりはしゃいで、浮き足立っているのだ。でも、シルヴィアはまた難しい顔をしてしまった。エドマンドはあえて冗談めかして言う。
「どうしたんだい。以前から男手を欲しがってたじゃないか。罠にかかったネズミや、ムカデやナメクジの始末をあいつに押し付ければいいよ。――ねぇみんな」
他の女たちに目線を向けると、同意するかのように笑声をあげる。やや嗜虐的な色も混ざっていた。
ヴィオレットに寵愛される生意気な新入りを、どうやって
女の子のこういうところが怖いなぁとエドマンドは苦笑する。
女たちの
「ヴィオレット様が男の従者を持ったのなら……血を捧げる以外の目的で寝所に
シルヴィアから突きつけられた『現実』に、エドマンドも硬直する。あまり深く考えないようにし、『うん』と頷いたあと、事実だけを淡々と述べる。
「君たちの方がよく知っているだろう。『春』を迎えたカルミラの民の女性がどんなふうに狂うか。同族のぼくは、その狂気にあてられてしまうから、とても側にはいられない」
『春』――すなわち発情期には、ヴィオレットは屋敷に
ヴィオレットに限った話ではなく、子どもを望まぬカルミラの民の女性は同様の手段を講じ、身を守る。
そして――。
「それを鎮めるのが男の従者の役割だ」
女たちは神妙な顔をして、顔を見合わせた。姦しさはすっかり鳴りを潜めている。
めいめいになにか言いたいことがあるようだが、誰も口を開こうとしない。
気まずい沈黙。
しかも、うら若き乙女たち相手に、いささか生々しい話をしてしまった。小恥ずかしくなったエドマンドは、あえて明るい調子で言い放つ。
「ヴィーが君たちを従者にするときは、何日も焦らしたりしなかっただろう? だからきっと、まだ迷っているんだよ。女所帯に男を一人だけ加えるのも大変だろうしね。案外、そのうち飽きてしまうかもしれないよ」
――本当に、飽きるだろうか。
心にモヤモヤしたものが広がっていったが、無理矢理に追い払って笑顔を作った。
それからすっくと立ちあがり、声を張り上げる。
「じゃ、とりあえずぼくはヴィーの家に戻るよ! 留守番している子たちにお土産を渡してくる」
「まあ、お気遣い頂きありがとうございます」
シルヴィアが恐縮し、他の娘が
部屋を出ようとすると、全員がわらわらと見送りに来ようとしたため、シルヴィアが制した。
結局、彼女だけに付き添われてホテルを後にすることになったのだが……。
「エドマンド様、ヴィオレット様から伝言です」
背後からぼそりとつぶやかれ、エドマンドは胸騒ぎを覚えながらシルヴィアを
年嵩の女従者は、おそろしく深刻な顔をしていた。
「へぇ。一体、なんだい?」
あえて軽快な調子で促すと、シルヴィアは目を伏せ、低く小さく囁いた。
「……『しばらく私に近付いてはならない』と」
気付いたときには、オルドリッジ邸の自室で呆然としていた。
いつの間に、どうやって帰ってきたのか、まったく記憶がなかった。
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