お姉さま! お姉さま! お姉さま!
「『保護』だなんて、まるで子どもに対するような物言いをなさるのですねぇ。こんなに大きな男性に向かって」
少女はくすくすと笑い、ラスティの背中を軽く叩いた。エドマンドの殴打にはびくともしなかった男は、『おっと』とぼやいて、わざとらしくよろけてみせた。
あまりに親しげな様子に、エドマンドは瞠目する。
こちらが必死になって探している間、この赤毛男は可憐な少女と親交を深めていたというのか。だとすれば、なんと腹立たしいことだろう。
エドマンドは腕組みして、へらへらしている赤毛を睨みつけた。
「実際、その男は
当てこするように言ってやると、ラスティはようやく事の重大さを理解したようで、目線を泳がせた。
「ああ、その……申し訳ない」
と、長身を縮めるようにうなだれる。少女もまた事情を察したようで、慌てて頭を下げた。
「そんなに難儀なさっていたとは露知らず、失礼致しました。もっと早くここへ来ればよかったです」
それからラスティを肘で小突き、外見年齢相応の無邪気な笑声をあげる。
「でも、すぐに見つけてもらえてよかったわね」
「そうだな」
視線を交わして微笑み合う二人は、恋人というよりも兄妹のようだった。外見はこれっぽっちも似ていないが、内面は似た者同士なのだろう。
それにおそらくラスティは、他者に飢えていたのだ。日々顔を合わせるのはヴィオレットとシェリルだけでは、さすがに息が詰まるだろう。だから新しい出会いを得て歓喜し、短時間ですっかり親密になってしまったに違いない。
そう想定したエドマンドの脳裏に、とある考えがよぎる。『ラスティをもっと外に出してやったらどうだい』とヴィオレットへ進言してやろうか、と。
だがきっと、余計なお世話だと怒鳴られるだろう。女王の怒りを買ってまで、ラスティに気を使ってやる謂れもないか。
安堵や様々な感情にふぅと息を漏らしたとき、今まで黙していたシェリルが大股で進み出た。彼女らしからぬ怒りを顔いっぱいにたたえており、ラスティの腕に強くしがみつく。
「無事でなによりですわ! さぁ、帰りましょう!」
ぷくっと頬を膨らませて、少女へと険しい視線を送る。どうやら少女に強い嫉妬心を持ったようだ。
だが当の少女もラスティも、シェリルの気持ちを
エドマンドからしてみれば、可憐な娘たちの合間に挟まるラスティがますます憎たらしい。もう親切心を出すのはやめた。ヴィオレットに一生飼い殺しにされていればいいのだ。……それも腹立たしいが。
少女は目を丸くしてシェリルを見つめていたが、不意に破顔する。愛嬌たっぷりの可愛らしい笑みだった。
「あなたも、この銀髪の御方の従者なの?」
「……まぁ、ええ」
苦々しく答えたシェリルに、少女はずいっと詰め寄った。
「従者になってどれくらい経つの?」
「えっと……七年ほど……ですが」
すると少女の
「まぁ! では、『お姉さま』ですね!」
「おねっ」
シェリルは驚き、仰け反った。だが少女の進撃は止まらない。
「あたしは従者になってまだ数年の新米なんです。他のカルミラの民にお仕えする方とお近づきになれて、とっても嬉しい! お姉さま!」
「そ、そうですか……」
唖然としていたシェリルの口元が震え、やがてこらえ切れずに笑みの形となった。目尻も下がって、頬もわずかに赤く染まる。
「わ、わ、わたくしもあなたのような可愛らしい子とお知り合いになれて、光栄ですわ」
「まぁ、お姉さまったら水臭い! もっと気安く話してください、お姉さま!」
「ふぇ」
絶え間ない『お姉さま』攻撃は、シェリルの心の障壁を完全に粉砕したようだ。恋人に熱い愛を囁かれた娘のように真っ赤になって、口をもごもごさせたあと、蚊の鳴くような声で『そうね』とだけ言った。
途端、少女は南国の花のように鮮やかで生き生きとした笑みを浮かべる。
「そんなに照れてしまわれて。お可愛らしいお姉さま!」
なんと人懐こい少女だろう、とエドマンドは驚嘆した。シェリルも似た性格をしているが、それでも相手との間に一線を引く慎みがある。
こんな調子で迫られたら、よほどの堅物でない限り、短時間で打ち解けてしまう。
彼女のような娘を従者にしたら毎日楽しいかもしれない、と率直に思った。気付けば、エドマンドの口元もいつの間にか緩んでいた。
それに、『末妹』のポジションだったシェリルには、『お姉さま』と呼ばれた経験がない。そう呼ばれることを長く夢見ていたことだろう。けれど、決して叶うことはないと諦めていたはず。
それが今このとき実現したのだから、さぞかし嬉しかろう。
しかし言葉が出てこないようで、服の裾を握り締めてもじもじしている。
照れるシェリルに対し、満面の笑みを浮かべていた少女だったが、不意に真剣な表情を見せた。申し訳なさそうに眉尻を下げて、エドマンドを窺ってくる。
「あ……失礼しました、高貴なる御方。名乗りがまだでした」
と、ロングスカートの裾をそっと持ち上げて、カーテシーを行った。普段シェリルが行うものよりわずかに拙劣だった。あまりやり慣れていないのだろう。
「あたしは、ホレス・
ホレスという名のカルミラの民は、エドマンドには覚えがない。
名乗られたからには返すのが道理だが、正確な素性がわからぬ以上は
「ええと、ではこの男を保護してくれたのは、そのフォスター殿というわけかい?」
「いいえ。あたしは今、ホレス様のお側を離れて、他の方の元に奉公に出ております」
「奉公?」
エドマンドはわずかに眉をひそめた。カルミラの民が従者を手放し、他者の元へ遣るなど、大変珍奇な話だ。
だが、従者を派遣する者と雇用する者の間に信頼関係があれば、有り得ない話でもないだろうか。
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