迷子の迷子の赤毛くん 2
「あの、そういえば……」
シェリルが不安を紛らわすように腕へとしがみついてくる。さすがにこの状況で鼻の下が伸びることはない。
「ヴィオレット様とエドマンド様が懇意にしていること、グレナデン様たちはご存じないのですか? 一時期は恋人のように連れ立っておいでだったのでしょう?」
「ああ、当時ぼくたちは、海の向こうに遠征していたんだ。ヴィーがこっちで派手に遊び過ぎたから、しばらくは顔見知りのいないところに行こうって」
説明すると、強張っていたシェリルの表情が和らいだ。口元からわずかな笑声がこぼれる。
「そういうことなのですね……。そのおかげで、わたくしはヴィオレット様に出会えました」
「そうか、シェリルはその頃にヴィーの従者になったのだったね」
「ええ」
しかしシェリルの微笑みは、すぐに暗く陰る。過去を想えば、楽しい記憶だけでなく、辛いものまでが
「ところで、ラスティ様の『気配』はどうですか?」
話を戻したシェリルに、エドマンドは素直に応じた。歩を止めて、意識を集中させ、ラスティの『気配』を探る。
カルミラの民同士であれば、各々が独自に持つ気配を察知して居場所を確認することができる。
ただし、一度
気配を覚えておけば、その者の『
それゆえに、さほど興味のない相手の気配を記憶する意味はない。
気配の記憶は、要するに『暗記』だ。個々で異なる波長を区別、把握し、
無論、知己すべてのものを覚えることなど到底できない。いや、やろうと思えばできるのだが、億劫に過ぎる。
だからこそ、エドマンドはラスティの気配を覚える気さえなかった。今はただ、かすかな記憶だけを頼りにラスティの居場所を探っている。
「あいつは、間違いなくこの近辺にいる」
それだけはぼんやりと察知できる。さすがに単身でマクファーレン邸に帰還したりはしていないようだ。むしろそうしてくれたら一番いいのだが、律儀にこの街に留まっている。
ただし、正確な居場所がまったく掴めない。
エドマンドがラスティの気配を把握し切れていないこともあるが、それにしてもおかしい。あまりに茫洋としている上、たまに消失する。これは超越者ゆえの気配なのだろうか。
カルミラの民は、気配を消す、あるいは不明瞭にする
だとしても、迷子になっている状況でその技を使う必要があるはずもない。
どうにもこうにも厄介な状況に、エドマンドは眉間を押さえて深く嘆息した。傍らでは、シェリルも責任を感じて泣きそうな表情をしている。
――しかし、その直後。
曖昧だったラスティの気配が、不意に強くなった。これは一体どういうことだと、驚愕に表情が強張る。
「シェリル、こっちだ!」
少女の手を引き、ひと気のない方へ導く。人目がなくなったことを確認してから、シェリルを抱き上げて身体を霧に変え、民家の屋根へと浮上し、実体化する。
「エ、エドマンド様」
唐突なことにシェリルは目を丸くしている。
「もう一度飛ぶよ、シェリル。ついて来て」
急かすように言うと、シェリルは訳がわからないなりに頷いて、霧化した。エドマンドも再度霧となり、シェリルを導くようにラスティの気配がある方角へ飛んだ。
ラスティは、大通りから少し離れた街区にある、一番大きな建物の屋根の上にいた。
彼の横に見知らぬ少女が寄り添っていることを、心
「あっ」
エドマンドの姿を認めたラスティはそれだけ声を上げて、満面の笑みを浮かべた。反省の色は微塵も見られない。
迷子になって迷惑をかけた自覚がないのか、とエドマンドの頭に血がのぼる。
「この馬鹿!」
ラスティに接近し、拳を振り上げて肩を殴る。
だが赤毛男はびくともしなかった。程よく筋肉のついた肉体の頑健さを思い知らされただけ。エドマンドは、男としての敗北感に地団駄を踏みそうになったが、辛うじて
「まぁ、この眉目秀麗な殿方が、あなたの御主人様なのね?」
ラスティの傍らの少女が、エドマンドを見つめながら声を上げた。
――眉目秀麗な殿方、だって?
正体不明の娘とはいえ、容姿を褒められれば悪い気はしない。エドマンドは怒りを
「可愛らしいお嬢さん、あなたが、我々の探し人を保護してくださったのですか?」
母親譲りの容貌でじっと少女を見つめると、
霧から実体化したエドマンドたちを見ても驚かず、またこうして屋根の上にいるということは、彼女はどこかのカルミラの民の従者だろう。
薄茶色の髪を腰まで伸ばしており、ぱっちりとした瞳は澄み切ったグリーン。
年の頃はシェリルと同じくらいに見えるが、精神年齢はずっと幼いように感じられる。おそらく従者になってまだ間がなく、外見通りの年齢なのだろう。
ニコニコと邪念のない笑みを浮かべているが、油断はできない。素性がわからないし、もしかするとグレナデンやフィリックスが秘かに連れてきた従者の可能性もある。
いくら大きな街とはいえ、同じ時間にカルミラの民が何人も集結するなど、あまりに奇遇だ。
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