茶は冷めゆく、されど飲まれず
かくして数十分後。
顔面に苛烈な一撃を受けたエドマンドは、一階の応接間のソファに腰掛け、仏頂面で腕組みしていた。
その対面には、ヴィオレットの部屋から寝間着で出てきた赤毛の男が座っている。今は簡素な平服姿だ。
胡乱げに眺めていると、男がすっくと立ち上がる。
「俺の名前は、ラスティ。あんたは?」
と、握手など求めてきた。
しかも『あんた』だと。馴れ馴れしいことこの上ない。エドマンドは汚いものを見るかのような顔で、差し出された手を無視した。
ラスティと名乗った男は、不快に思う様子はなく、なぜこんな態度を取られるのか不思議そうに首を傾げただけだった。
「あの、エドマンド様、お茶が冷めますわ」
傍らに立つシェリルが、よそよそしい声で男二人の気まずい空気を侵犯する。
テーブルの上には二つのカップが置かれており、立ち上る湯気の量はだいぶ控え目になっていた。
「シェリル! この男は一体なんだ?」
エドマンドの怒りはメイドへと向く。
「まさかこの男、ヴィーの新しい従者だというのか?」
「ええ、まぁ──そんなところでございます……」
なぜかシェリルは視線をそらし、曖昧な答えしか返さない。エドマンドの頭にはますます血が上り、感情のまま叫ぶ。
「まさか! ここ何年も新しい従者を持とうとしなかったのに、どうして今さら、こんな男を?!」
赤毛の男を指さしながらシェリルを責める。だがメイドの口は固く閉ざされ、目線も明後日の方向で固定されている。完全なる黙秘だ。
その態度に傷付いていると、渦中にいる赤毛の男が、暢気な調子で尋ねてきた。
「あんたは、ヴィーの友達なのか?」
またもや『あんた』と言った。エドマンドは髪と同じ色の眉をつり上げる。
「なんということだ! いくら新顔とは言え、従者の躾がなっていない! ぼく相手でなければ
「ええと、あの、申し訳ございません……」
ようやく口を開いたシェリルの謝罪は、ひどくおざなりだった。耳をすませて主人の足音を待っているようだ。
彼女の主は、身支度の真っ最中。朝から化粧や髪形にこだわる性質ではないため、おそらく眠気と戦いながらのそのそと着替えているのだろう。
シェリルは、自分の口からラスティのことを説明する気は一切無いようだ。彼女が主人を差し置いてそれをしてしまったら、いくらなんでも差し出がましすぎるとわきまえているのだろう。だからこそエドマンドも、これ以上彼女に厳しく問いただすことはしない。
けれど、今できる範囲で真実を探ろうとした。
椅子から立ち上がり、状況をまったく理解していないラスティのもとへ歩み寄る。そしてシャツの襟元を掴むと、胸元まで引き裂いた。ボタンがいくつか床に落ちる。
ラスティは、いきなりのことにぽかんと口を開けた。そんな彼の首筋に、『あってもおかしくないもの』が無く、エドマンドの怒りに困惑と動揺が加味された。
混乱を抑え、もはや身体ごとそっぽを向いているシェリルに接近。その耳元に囁く。
「……ヴィーは、今、その……アレなのか?」
メイドの頬に朱が差す。咳払いをして、エドマンドを押しのけた。
「エドマンド様、いくらなんでもそれは最低です」
そう言われると、エドマンドも赤くならざるを得ない。
「いいじゃないか、聞いたって。ヴィーとも君とも、長い付き合いなのだし」
そして再度声を潜めた。
「だって、あいつの首には食事跡がない。食事でもないのに、従者と同衾する理由はアレしかないだろう?」
「ああ、食事ならしたけど……」
答えたのは、ラスティだった。はだけた胸を直そうともせず、内緒話を耳聡く聞きつけたらしい。
「食事をしただと? どこで?」
「え? ヴィーの部屋で」
「そんなことはわかっている! お前の身体のどこの部位から食事をしたのかと聞いている!」
「え?」
ラスティは再度不思議そうに首をかしげた。いちいち『え?』と聞き返すので苛々する。なんと理解力の無い男だろう。
体格は良いが顔立ちが美しいわけではないし、躾もなっていない。ヴィオレットはなにを好き好んで、こんなボンクラを従者にしたのだろう。
「首筋からでないのなら、腕か? 食事をしただけであって、ヴィーが春を迎えたわけではないのだな?」
「エドマンド様、お願いですからお止めください、そんな大声でっ」
シェリルが赤面してすがりついてきた。エドマンドも、言い過ぎたと口を押えた。
「あなたも、あの方が下りてこられるまで、なにもおっしゃらない方が宜しいですわ、ラスティ様」
「あー、そう?」
ラスティはのんきな返事をしたが、エドマンドは聞きとがめずにはいられなかった。
「シェリル、今、ラスティ『様』と言ったな? この男はヴィーの新しい従者で、君の後輩ではないのか?」
エドマンドはシェリルの肩を掴むと、瞳に『力』を込めて見つめる。シェリルは一瞬『術』に落ちかけたが、すぐに目を逸らす。
「ひ、卑怯ですわエドマンド様」
「シェリル!」
感情的になるエドマンド。
だが、そこに割って入る声があった。
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