(5)dreamer side

 聞き込みから戻って、署のデカ部屋で手帳をじっくり見返す。


 稼ぎもないくせして女にだらしない男。本宅以外に女を囲って、好き勝手していたらしい。本宅に稼ぎを入れなきゃ女房に逃げられるから、その銭を親からせびり取っていたんだろう。女房にそそのかされて凶行に及んだと睨んだが、斉木さんの見立てが正確ならその線はない。津村の単独犯だ。両親の詰問に逆切れして、突発的にやらかしたんだろうな。

 自殺を図った津村は、まだ生きてはいるもののほとんど脳死に近い状態らしい。回復の見込みはほぼないと聞いた。被疑者死亡のまま、書類送検して幕引きということになりそうだ。退場しちまったやつらを生き返らせる方法がない以上、津村の件はこれで終わりと割り切るしかない。どうにもやりきれん。


「金井さん。俺はもうしんどいわ」


 机の上の遺影に向かってぼやく。


 自分の快楽しか追求せず、人の気持ちなんざかけらも思いやろうとしない。そんな箸にも棒にもかからない津村みたいなクソは、そこら中にごろごろ転がってる。片っ端から性根を叩き直してやりたいが、俺らは連中が何かしでかしてからでないと動けない。そこが俺らの商売の辛いところであり、限界だ。こんなことがあるたびに、限界を思い知らされて嫌になる。好き放題やらかしてる連中より取り締まる俺らの方がしんどいってのは、どうにもおかしくないか?


 遺影から目を離して、手帳に視線を戻す。

 まあ、いい。被害拡大の恐れがなければ、そこまでだ。それより俺は、斉木夢乃という少女のことがひどく気になった。彼女とやり取りしている間、俺はずっとそら恐ろしさを感じていたんだ。夢視という能力に対してじゃない。あの年で闇をさばくことのできる強靭な精神力に対して、だ。


 よほど性格がねじ曲がっていない限り、人間てのは明るいもの、楽しいもの、喜ばしいものを見ようとし、その反対の極にあるものは忌避しようとする。それは、自分の心身を守ろうとする自然なアクションだ。心がまだ未熟で傷つきやすい子供の場合、特にその傾向が強い。

 しかし、自分に都合のいいものだけで世界を創るなんてことは誰にもできない。嫌なことを避けきれないなら、自分自身をしっかり鍛えてこなさなければならないんだ。ひたすら逃げ回るだけじゃ、何も解決しないんだよ。


 変な話だが、ろくでもないことをしやがる連中はそろって忍耐力や根性がない。ガキの頃から大人になるまで嫌なことからどこまでも逃げ続け、そのうち逃げ切れずに何かしでかして破綻する。うんざりするほどそのパターンが多い。殺人事件を起こした上に今くたばる寸前になっている津村って男も、きっとそうなんだろう。津村の妻からも同じような臭いが漂ってくる。エゴを押し出せる強度が違うだけで、実は似た者夫婦なんだ。


 だが。斉木って子は、まだ高校生なのに逃げないんだよ。俺らがデカだと知った時も、殺人事件絡みなのを聞いた時も、ひどく驚いてはいたが保身に走ろうとはしなかった。自分自身のことより、津村の妻を気遣う余裕さえ見せた。

 そういう根性は、自分の弱さをじっくり見据えないと育たない。快楽の対極にある負の事象から目を逸らさず、あえて自分に負荷をかけることで心を鍛える克己のアクションてのは、自力ではなかなか起こせない。俺だってそうだった。この職に就いて、逃げ場がなくなって初めて根性が据わったんだ。

 あの子には、その克己の骨組みがもうでき上がっている。でき上がっているからこそ、夢視なんていうとてつもないことがこなせるんだろう。人の悪夢に捕まらないで中身を引っ張り出すってのは、生半可な心構えじゃできないよ。俺なら絶対にやりたくない。


 ただし! いくらあの子の精神力が強靭であっても、「高校生にしては」という前置きが付く。あの年齢だと「こなせている」と「こなしているつもり」の境界がまだあやふやなんだよ。

 克己は困難を乗り切るために必要だが、それが何もかも解決してくれるわけじゃない。自身の限界を甘く見て、こなせる負荷のレベルを高く設定し過ぎると、想定を超えた圧力が押し寄せた時に逃げ遅れ、下手をすると潰れてしまう。


 まあ……夢を読み出すだけで依頼者にアドバイスをしないとか、母親の吹聴に強く釘を刺しているとか、一応自衛はしてるみたいだが。その程度じゃ強固な防波堤にはならんだろう。人が人を呼んじまうからな。

 悪人は悪人とつるみ、変人は変人とつるむ。その場合は同類項同士だから、何があったところでお互い様だ。しかしポテンシャルの高いやつは、その反対の弱い連中ばかりを引き寄せてしまうんだ。夢に問題を抱えてるやつが飛び込みで来るのは、夢の示唆を自力でこなせず切羽詰まっているから……弱いからだ。そういう弱い連中ばかりにたかられると、何一つ自分に残るものがなく、ただ資産をむしり取られるだけになるだろう。お釈迦様の足に餓鬼がたかるみたいなもんだ。そして、あの子はお釈迦様なんかじゃない。普通の女の子なんだ。そこがどうにも怖いんだよ。


「あんなことをやってて、本当に大丈夫なのかい」


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