(6)dreamer side
聞き込み直後に鳥取に出張し、県警と連携して津村の妻の足取りを確かめに行ったワタルは、翌日の昼過ぎにもう戻ってきた。
「どうだった?」
「観光ホテルを片っ端から当たったんですが、
「斉木さんの言った通りか。やっぱりシロだったな」
ジャケットを脱いで椅子に放ったワタルが、手帳を出して何枚かめくった。
「で、捜査には協力してもらえそうか」
「知っている範囲のことならかまわないそうです。ただ、こっちにはもう戻らず、そのまま向こう……鳥取で職を探すと言ってました」
「そこも斉木さんの予想通りだな。プロより鼻が利く。かなわんわ」
「……そうですね」
ワタル的には、何か思うところがあったんだろう。返事には、いつも以上に切れがなかった。こいつにも、いろいろあるからな。
「まあ、奥さんが落ち着いてからゆっくり話を聞こう。身内同士のトラブルで関係者全員仏になっちまったんじゃ、どんなに調べたところで真相は永遠に藪の中だ。案件としては優先度を下げざるを得ない」
「ハマさん、奥さんには何を聞くんですか?」
「ダンナと義両親との関係さ。見当はつくけどな」
「何も知らない……ってことですね」
「そう。奥さん一人がずっと蚊帳の外だったんだろ。気の毒なこった。ああ、連絡先は聞き出したんだろ?」
「はい。携帯の番号を。住所を聞いても意味がないでしょうから」
「よし」
斉木さんは津村の妻のことを「くらげおばさん」と呼んでいたが、バカにしてそう言ったわけじゃなく、心配ゆえだろう。
人の言いなりになってふらふら流されるばかりじゃ、最後はどこかの海岸に打ち上げられ、干からびて果てるだけ。本当にそれでいいの? 斉木さんがそう問いただしたくても、人生経験の全く足りない高校生がオトナに向かって偉そうに言えることじゃない。夢視の結果しか示さないのは、自衛だけじゃなく、何か助言したくても立場的にできないってのもある……ってことか。
人の心に寄り添う優しさを備えていながら、夢視が絡むとどうしてもドライな対応をせざるをえない。そういう中途半端な立ち位置が災いして、夢視があの子の足元を揺るがせることにならなければいいけどな。ひとごとながらどうにも心配だよ。
自席で報告書をタイピングし始めたワタルの横顔を見ながら、それと全く同じ心配をする。
捜査には一切私情を挟めない刑事という商売に馴染んだことで平常心が鍛えられ、ワタルがずっと抱えこんだままの黒い激情はなんとか水面下に押さえ込まれている。だが公私のバランスが少しでも崩れれば、そいつはいつでも噴き出してくるんだ。負の情動が噴き出すタイミングと強度によっては、ワタルが一瞬で破滅しかねない。おっかなくてかなわん。
獅子身中の虫ってのはよく組織論で取り上げられるが、一個人の中にだって厄介な虫は潜んでるんだよ。組織の中の虫は取り除けるし、他のやつと替えが利くが、自分の中の虫は自力で駆除しない限り取り除けない。勝手にいなくなるってことは絶対にない。そこが、どうにも厄介なんだ。
津村の件は、早々に被疑者死亡のため捜査終結ってことになるだろう。緊急性が下がる。その分、しばらくの間ワタルの動きを注視しておかなければならない。あいつは斉木さんの夢視にすがりつこうとするはずだ。不安定な者同士が歪んだ形で接触すると、共倒れどころか壊し合いになりかねない。俺の得意とするところではないんだが、先回りするしかないか……。
手帳に書き取った聞き取り情報に改めて目を通し、手帳をぱたっと閉じて机の上に置く。事務机の上も聞き取り情報もすぐに整理整頓できるが、感情の整理ってのは難しいんだよ。ましてや、感情以上に形のない夢の中身なんざ整理のしようがない。自力ではどうにもできない雑然とした意識の中に無神経に首を突っ込まれるのは、むしろ不愉快なんだ。
「ふうっ」
正直に言おう。斉木さん、あんたが俺の夢を視て教えてくれたことは、俺にはものすごく痛かったんだ。
金井さんは、俺にとって親よりも大事な恩師。親ですら放り出したクソガキの俺のけつを、形が変わるまで叩き続けてくれた。ガンで亡くなる直前までな。金井さんは痩せた人じゃない。病気でやつれちまったんだ。俺はその顔を夢で見るたびに、後悔の海に放り出されるのさ。いつもすずむらで一緒に飯を食ってたのに、金井さんがひどく体調を崩したことになぜ気付いてやれなかったんだ、と。
斉木さんが夢視で見たシーンは、俺がずっとそうしていたかったという願望。だから、俺と金井さんが談笑しているように見えたんだろう。
斉木さんが言っていたように、夢は本来見た者にしか意味がない。他者がそれを覗いたところで、せいぜい情景しかわからんよ。その情景すら、他者には何の意味もない。意味がないから夢視が可能だし、夢視の告知が時としてひどく残酷になるってことだ。
夢視の結果が、ワタルの逆鱗に触れなきゃいいがな。
「たかが夢、されど夢……か」
【第七話 夢の整理 了】
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