(4)

「事件はもう記事になってます。あとで新聞を見てください。でも、犯行場所が都内なのに、津村さんの奥さんは、ご主人が遠くに出張に行ったと会社に言ってる。捜査の撹乱を狙ったんじゃないか、と」

「鳥取、島根。山陰ですよね」


 二人が、ぐいっと身を乗り出した。本当なら、おばさんの夢の中身は他人に話せない。守秘義務があるんだ。でも、今は緊急事態。夢の内容をきちんと話さないと、おばさんに嫌疑がかかっちゃう。わたしは原則の縛りを外すことにした。


「それは? 奥さんがそう言ったんですか?」

「いいえ、夢視でわかりました。ご主人と一緒に旅行に行っている夢を見た。旅行先がどこか教えて欲しいというオーダーだったので」

「……」

「でも、それは嘘。あのおばさん、山陰どころか、ご主人と旅行したことすらないんじゃないかなあ」

「どうしてわかった?」


 浜崎さんの言葉から敬語が消えた。なんだかなあと思いながら質問に答える。


「夢の中に、一回もご主人が出てこなかったからです。夫婦で旅行した場所を教えてくれっていうオーダーなのに、ご主人が出てこないなんて。絶対にありえないでしょう?」

「確かに……ないな」

「おばさん自身も山陰に行ったことはないんだと思う。あまりによそよそしい夢風景でしたから」

「じゃあ、なぜ山陰なんだ?」

「ご主人が、そう言ったからじゃないですか? おばさんは、山陰に行くってご主人に言われただけ」

「そんなことがありえるのか?」


 ふうっ……。思わず溜息が出ちゃう。


「夢の中に全くご主人が出てこない。足すことの、くらげみたいな性格。いこーる」

「うん」

「モラハラかなあと。ご主人にずっと無視されていたんじゃないですか? わたしならそう考えます。無視されるのは嫌だけど、でも反発できないくらい気が弱い……いや、違うな。覇気がない」


 眉間にくっきり深いしわを寄せていた刑事さんたちが、わたしと同じように深い溜息をついた。


「はああっ。狂言とか犯行がばれてとか。それ以前だったってことか」

「アタマから全部洗い直さないとだめですね」


 ぼそぼそと話し合う二人。それから、浜崎さんが思いがけないことを教えてくれた。


「あのな。津村の奥さんは、ここに来た日の夜に睡眠薬を大量に飲んで、自殺未遂事件を起こしてる。入院中は面会謝絶で、俺たちがアクセスできなくてね」


 げええええっ! うっそお!


「火曜の時点では、まだ事件が表に出てない。やらかしたことを知っているのは夫だけだ。夫の犯行告白を聞いた妻がショックを受けて自殺を図ったと思ったんだが、犯行の告白が先にあったら、ここにのこのこ出て来ることなんかありえない。事件がショックだったんじゃなく、あなたに視てもらった夢の中身がショックだったんだろう」


 ぱたっと手帳を畳んだ浜崎さんが、それを胸ポケットにねじ込んだ。


「幸い奥さんはすぐ回復し、救急病院を三日で退院したんだが、自宅に戻ってすぐに行方をくらました。事情を聞きに行った時には家はもぬけの殻。それと同時くらいに、拘置所あてに離婚届を送りつけてきたんだ」


 なるほど。おばさんは、やっと気持ちが整理できたんだろな。


「逃げたんじゃないと思う。本当に、一人で旅行に行ったんじゃないかな」

「山陰にか?」

「はい。もうこっちに戻る気もないと思います。だって、殺人犯の奥さんていうことになっちゃうんですよね? 自分を知ってる人には絶対に会いたくないでしょ?」

「ああ」


 二人がそろって頷く。


「逃げてるわけじゃないなら、宿とか探せばきっと見つかりますよ」

「確かにそうだ。助かった。ありがとう」


 指で目頭を揉みほぐした浜崎さんが、疲れきった声でつぶやいた。


「こういうのは……かなわんな」

「え?」

「捕まっただんなの方も、拘置所に収監されてすぐにトイレで首吊り自殺を図ってね。今、昏睡状態なんだよ。おそらく意識が戻ることはないと思う」

「うわ……」

「結局何もかもくそ壺の中だ。俺らにとって、一番やりきれない結末になるんだろう」

「そうなんですか……でも」

「うん?」

「少なくとも、くらげおばさんにとっては良かったんじゃないかな。そう思いたいです」


 浜崎さんはそれを否定も肯定もしなかったけど。苦虫を噛み潰したような顔をして、わたしに問いかけた。


「なあ、斉木さん」

「はい?」

「昏睡状態のやつってのは、夢を見るのかな」

「ううー、わたし、昏睡状態になったことがないのでわかんないですー」

「そりゃそうだ」

「でも、わたしにその人の夢を視てって言われても、それは断りますよ」

「ははは。やっぱり怖いかい?」

「違います」


 浜崎さんが意外そうに首を傾げる。


「ほう?」

「自分のことしか考えてない人は、自分の夢しか見ないでしょ? そんなのがわかったって、なんの役にも立たないんじゃないかな」

「ああ、そういうことか」

「それにね」

「まだあるのかい?」

「はい。そういう人は、夢の示唆を何にも活かせません。単なる夢じゃないかってバカにするだけ。夢は、見たその人にしか意味がないし、その人にしか活かせないんです」

「確かにな」


 誤解されないように最後に言っておこう。


「わたしは夢がこんなんだったよとは言えますけど、だからどうしなさいとか、そんなのは一切言いません。占い師とかカウンセラーじゃないので」

「ほう? 向いてそうだけどな」

「それね、わたしが勝手にその人の夢を作ることになっちゃうんです」


 森下さんが、ふっと息を抜いた。


「そうか。そういうことなんだな」

「占いなんかでも、こうこうなんですって言われてしまったら、自分を当てはめちゃおうとするでしょ? それって、怖いですよ。人をガイドするつもりなんか、さらさらないです。ただ」

「うん」

「さっき視させてもらった浜崎さんの夢は、ほっとしました。それはわたしの率直な感想です」

「どうしてだ?」


 ソファーから立ち上がった二人に合わせて、わたしも椅子から降りた。椅子を机の下に突っ込みながら、浜崎さんの疑問に答える。


「親や兄弟、友だち……そういう人たちと話し合ってる夢って、視ていてすごく幸せになれるんですよ。ああ、ちゃんとつながってるんだなあ、一人じゃないんだなあって。だから、ほっこりします」

「ふふ」


 小さく笑った浜崎さんが、何かを押し返すようにして、開いた両手をひょいと持ち上げた。


「降参」


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