(3)

「お邪魔します」


 落ち着いている浜崎さんはともかく、ごっつい森下さんはおそるおそるって感じで小屋に入った。二人にはソファーに座ってもらい、わたしは回転椅子に座る。


「ここは、お仕事か何かで使われているんですか?」


 浜崎さんに聞かれたので、正直に答える。


「いいえー、勉強部屋です。母屋は弟たちがうるさくて勉強に集中できないので」

「なるほど」

「ここ使うのは、テスト前とかだけですけど」

「何もないんだね。勉強道具とかも」


 さすが刑事さんだな。浜崎さんが、部屋の隅々までじっくり観察してる。違和感は絶対にスルーしないんだろう。森下さんは、なんか居心地が悪そう。女の子の部屋だあって思ってるのかな。そんなんちゃうのに。


「勉強の時だけ、必要なものを持ってここに入ります。普段はずっとこれだけ」

「どうも、応接室っぽい感じがするんですが」


 メモを取りながら、浜崎さんが鋭い視線を飛ばしてきた。さっさと説明しよう。


「わたしは、夢視っていうのをボランティアでやってます。ここはその夢視に使う部屋。だから、集中を妨げるものは何も置いてないんです」

「あの、ゆめみ……っていうのは」


 森下さんが、こそっと質問をはさんだ。


「夢に視線の『視』の字で、夢視。誰かが前の日に見た、思い出せない夢を引っ張り出してあげる。それが夢視です」

「占いかい?」


 浜崎さんの聞き方がずけずけになってきた。刑事の本性が出てきたって感じがする。


「占いじゃありません。実際に、夢の中身を引っ張り出します」

「どうやって?」


 まるっきりインチキだと思って、信用していないんだろう。そう思われてる限り、津村さんのことは納得してもらえないと思う。しょうがないな。


「浜崎さん。昨日、どんな夢を見ました?」

「私かい? さあ……」


 メモを取る手を休めて、川崎さんが上目遣いになった。


「どっかの飲み屋で打ち合わせをしてたような……」

「右手をちょっと貸してください」


 見た目は穏やかだけど、手はすごくごつい。やっぱり刑事さんだね。右手を開いてもらって、その真ん中に人差し指を置く。


「ん……」


 浜崎さんはもう夢を覚えていないと思うけど、すっごい鮮明な夢だ。気になっていることがすぐ夢に出るんだろう。

 ストーリーもしっかりしてる。中を確かめていくと、さっき言ってたみたいなシーンが確かにあった。『すずむら』っていう飲み屋さん。浜崎さんの行きつけなんだろうな。向かいにいるのは仲のいい同僚の人かな。痩せて頬骨の飛び出た金井さんていう年配の人だ。まだ未解決の傷害致死事件のことを、二人で延々と話してる。


「よし、と」


 わたしは指を離して、今視た夢のシーンをささっとメモした。


『すずむらというお店で、金井さんという痩せた年配の人と、傷害致死事件のことをずっと話してる』


 書き終えたメモを渡したら、浜崎さんの顔色が変わった。


「ど……うして」

「あのね。わたしは読心術が使えるわけでもなんでもありません。人の夢が見えるだけ。もし刑事さんが釣りの夢を見ていたら、それしかわかりません」


 わたしと浜崎さんのやり取りを黙って聞いていた森下さんが、目を伏せてぼそっと言った。


「そうか。だから……か」

「夢にはその人のナマが出るんです。だって、本来それは人には見せない、見られないものですから。裸と同じ」

「うん」

「津村さんがおっかないことを考える人なら、それは夢に必ず出ます。でも……」

「そういうのが見えなかったってことですね」


 森下さんに確かめられる。浜崎さんと違って、森下さんの口調には威圧感がない。でも、熱も感じない。ちょっと変わってる。おっと、答えなきゃ。


「はい。わたしは、津村さんのことをくらげおばさんて呼んでました」

「くらげ、ですか?」

「骨が……ないんです。ふらふらで」

「むむう」


 浜崎さんが、顔をしかめた。


「こらあ、まるっきり想定外だったな」

「てか、何があったんですか? ちっともわけがわかんないんですけど」


 わたしのリクエストに蓋をするみたいに、森下さんが質問で返してきた。


「その……先週の火曜日に夢視をされたあとは、津村さんと連絡を取られてないんですか」

「連絡もなにも、どこの人かも知りません」


 沢崎さんも森下さんも絶句してる。非常識だと思うでしょ? でも、わたしのところに来るのはそういう人ばかりなの。


「お母さんが、わたしの夢視のことをあちこちでべらべらしゃべるんです。それを聞きつけた知らない人が、夢視してほしいってぽんと来るの。ほんとに勘弁して欲しい」

「断らないんですか?」

「興味本位で来る人なんかいませんよ。みんな、真剣に視て欲しい事情があるから来るんです。あなたなら、それをどう言って断りますか」

「……」

「わたしにできるなら、依頼が遊びや悪用でない限り相手が誰でもやります。でも商売じゃないんだし、勝手に宣伝しないで欲しい! まったく!」


 ぶち切れたわたしを見て苦笑いしていた森下さんが、何があったのかを慎重に説明してくれた。


「津村さんのご主人が、殺人容疑で逮捕されたんです」

「!!」


 今度は、わたしが絶叫しそうになった。


「う……そ」

「実家で、自分の両親を殺してるんですよ」


 親を殺すって……信じられない。


「じゃあ、くらげおばさんが、それに関わってるってことですか?」

「それはまだわかりません。容疑者がずっと黙秘していたので」


 そうか。あのおばさんがそそのかしたとか、犯人が逃げるのを手伝ったとか。共犯者だと思ったのかな。


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