(2)

 お母さんは、お父さんの予想通りで仏間のがらくた整理をしていた。んで、二階から降りてきた時には全身がカビ臭くなっていた。その臭いに顔をしかめながらスパゲッティをがつがつかき込んでた弟たちが外に遊びに行って。リビングに静けさが戻った。


「ねえ、お母さん。上、片付いてるの?」

「いやあ。うちは物置が狭いから、仏間が第二物置だったのよね。我ながらすごい乱雑度で」


 お母さま、それはちっとも自慢になりません。とほほ。わたしの確保できるスペースが、がらくた整理の結果次第になるのは勘弁して欲しいよう。


「手伝う?」

「いや、いろいろ微妙なものもあるからね」


 そう言ったお母さんが、胸の前に両手をだらんと下げた。


「ちょっと! よしてよーっ」

「冗談だって」


 ったく、誰の部屋になると思ってんのよ。


「延長戦をやるから、しばらくほっといて」


 わたしやお父さんが返事をする間もなく、お母さんが二階にぶっ飛んでいった。普段はめんどくさがりのお母さんだけど、一度エンジンがかかると今度は逆に止まらなくなる。やる気のでこぼこを均してくれればいいのに。でも、変なタイミングでエンジンかかったよね。うーん……。


 そんな風に。進路のことと部屋問題がダブルで乗っかってもやもやが倍増していたところに、またぞろえげつないもやもやがどかあんと乗っかることになった。予想もしなかった出来事が、突然わたしに降ってきたんだ。それは呼び鈴の音と一緒にやってきた。


「あれ? お客さんだ」


◇ ◇ ◇


「はあい。少しお待ちくださーい」


 お母さんは二階から降りてくる気配がない。お父さんは牛になったら動かない。仕方ないので、わたしが玄関のドアを開けた。誰だろ?


 二人組の男の人。二人とも、グレイの背広の上にキャメルのジャケットをはおっていて、髪は短く整えられている。一人はメガネをかけた優しそうなおじさんで、もう一人はがっしりした体格の若い人だった。若い人は、眼光が鋭くてちょっと怖い。わたしがぽかんとしていたら、おじさんが穏やかな口調で話し始めた。


「斉木さんのお宅ですね」

「そうですけどー」

「お休みのところを突然お邪魔して申し訳ない。少々伺いたいことがありまして」


 おじさんは、背広の内ポケットから何かを出してわたしの目の前にかざした。


「わ、警察手帳! やっぱ実際にあるんだあ」


 とんちんかんなわたしのリアクションに苦笑したおじさんは、てきぱきと要件を並べ始めた。


「私は、松端署刑事課の浜崎と言います。こいつも同じ刑事課で森下」

「森下です」


 ぶっきらぼうっていうより緊張しまくっている感じで、森下さんていう若い人がぱきっとお辞儀をした、思わずつられてお辞儀を返しちゃった。

 

「少し前に、こちらに津村さんという女性の方が来られていますよね」

「はい。夜に」

「夜……か。日時を覚えていますか?」


 え? なんでくらげおばさんのことを聞いてるんだろ? よくわかんないけど、ええと……。


「村岡先生と試合した日だから、先週の火曜日かな。夕食終わったばっかだったから八時ちょっと前です。てか、その人が何かしたんですか?」


 声を落とした浜崎さんが、小声で恐ろしいことを口にした。


「殺人事件の重要参考人として、行方を追っています」

「えええーっ!?」


 そんなのありえないよ。あのぐにゃぐにゃのくらげみたいなおばさんに、そんなエネルギーがあるわけない。思わずぶんぶん首を振ったわたしを見て、今度は浜崎さんが首を傾げた。


「あなたは津村さんをご存知なんですか?」

「いいえ。この前来られた時に初めて会った人です」

「どのような要件で、ここに来られたんでしょうか」


 浜崎さんの言葉遣いは丁寧だけど、一番底に鉛が敷いてあるみたいにずっしり重い。嘘をついたら承知しないぞっていうドスみたいなものが効いてる。あーあ……夢視がとんでもないところに跳ねちゃった。でも、説明から夢視だけを省くことはできないだろう。


「ゆめ、どうした?」


 立ち話が長くなっていたのを気にしたのか、お父さんがのっそり出てきた。


「刑事さんが来てるの。なんか、聞きたいことがあるんだって」

「えっ?」


 そういう世界とは一切関わりのないのほほんお父さんの顔が、かちこちに強張った。


「先週火曜日の夜に、津村さんていうおばさんが夢視してくれって来たの。お父さんはまだ帰ってきてなかったから知らないよ」

「津村さん? 聞いたことないぞ」

「うちの町内にはいないよね。でもお母さんルートでわたしのことを聞きつけてるはずだから、そんな遠くってこともないと思う。隣町くらいじゃないかな」

「あの」


 森下さんが、慌てて口を挟んだ。


「その、ゆめみ……っていうのはなんですか?」


 はあ……。お母さん。だから、あちこちでぺらぺらしゃべるなって言ってるの! しょうがない。固まってたお父さんをリビングに追い返す。


「まだ帰ってきてなかったお父さんは知らないことだから、わたしが対応する。きっと、お母さんも津村さんのことは知らないでしょ」

「おまえも知らないんだろ?」

「知らないよー。夢視してくれってうちに来た、初めてのお客さんだから。あ、刑事さん。立ち話もなんですから、部屋でお話ししませんか」


 わたしが指差したプレハブ小屋を見て、刑事さんたちが口あんぐり。あは。


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