第七話 夢の整理

(1)

 昨日の坂野さんの件。なんか気になるけど、坂野さんからもお父さんからも何も言ってこないってことは、悩みが解決したんでしょ。あの感じだと、わたしが渡した夢視のメモも要らなかったかもしれない。まあ……その方がずっといいと思う。わたしが視る夢はろくでもないのが多いけど、その中でもすっごくヤバいやつだと思うから。

 お父さんも坂野さんもしっかりオトナで、守秘に関して余計な心配をしなくても済むのはすごくありがたい。坂野さんの夢視については、もう一件落着ってことでいいんだろう。


 それにしても。お父さんてば侮れないなー。いつもぼへーっとしてるとこしか見てないから、気遣いのできるしっかり上司みたいな一面を見ると、思い切りびっくりしてしまう。いい意味でね。年中無休二十四時間がさつで無神経でけーわいのお母さんには、なんかもったいないような気がする。たで食う虫も好き好きだからいいけどさ。


 さて。これで自分自身のことをちゃんと考えられる。とうとう配られちゃったよ。進路希望調査票が。今の時点では、漠然とこんなんかなーでかまわないらしい。でも進路次第では、どういう大学にするかとか、一般入試じゃなく推薦狙うとか、早めにいろいろ考えた方がいいって言われた。高校入ったばっかの時は、そんなんずーっと先のことだと思ってたのに、あっという間なんだなあ。なあんか、妙に急かされる感じで落ち着かない。


 で。自分の先っぽってやつが、ぜーんぜんわかんないわけ。やるとなったらどこまでも集中して突っ込むわたしの性格だと、こなそうと思えば何でもこなせちゃう気がするんだ。今、夢視をやってるみたいに。

 でも、それって使命感とか、義務感とか、充実感とか、期待感とか、そういうのとは全然別次元の話で。「できる」のと「したい」のとはたぶん違うんだろうなあ。咲みたいに、自分の未来と現実をうまくマッチングできる子はうらやましいと思ってしまう。


 村岡先生のアドバイスにあった「骨」。一種類じゃないと言ったのは、きっとそういうのも入ってるってことなんだろう。絶対にやりたい仕事。その仕事だけは人に譲れない、負けないって自信を持って言える仕事。それを探さなきゃならないし、見つけたらゲットできるよう努力しなさいってことなんだろう。そうしないと、骨にはならないんだよね。

 だけどさー。実際、世の中にそんな骨をゲットできる人がどれほどいるんだろう? 生活のためだけに仕事をしてる人の方が多いような気もしちゃう。いや、自分はそうなりたくないけど、ジジツとして。そこらへんが、すごくもやもやする。進路に関しては考えがどうしてもきれいに整理できない。整理できなくて、もやもやするんだ。


 真っ白けの調査票をさかっと裏返して、上にシャーペンを置く。


「まだ……何も書けないなあ」


 そこがかったるいなあと思いながら、リビングに降りる。なんか飲もっと。

 日曜のリビング。午前中は、お父さんがぼやっと新聞を読んでることが多い。ああ、やっぱりだ。いつも通り。でも……。


「あれー?」


 座ったら最後てこでも動かないお父さんに向かって、邪魔だってがあがあ言うお母さんの声が聞こえないなあ。


「お母さんは?」

「んんー?」


 やっとこさ紙面から目を離して顔を上げたお父さんが、ぐるっと室内を見回した。


「そういやいないな」

「どこ行ったか知らないの?」

「知らん。仏間の押入れ整理でもしてるんじゃないか?」

「ええー? どゆこと?」

「昨日の話は、必ずしも脅しや冗談じゃないってことさ」


 お父さんが丁寧に新聞を畳んで、ぺた座りしていた床からソファーに座りなおした。なんとなく、その横に座る。


「うちは狭いから、個人の部屋を三つ確保するなら、デッドスペースを活用しないことには始まらんだろ?」

「そうだね」

「どうしても仏間を転用する必要があるんだ」

「あの二人が納得する?」

「するわけないよ」


 お父さんが苦笑した。


「昨日の重石は期間限定さ」


 そうだろなあ。あの二人もお母さんそっくりで、ちっとも反省しないから。


「でも、中学に上がるタイミングで部屋はどうしても分けないとならんだろ」

「じゃあ……」

「ゆめに、仏間を使って欲しいんだ」


 ううー、やっぱりか。思わず頭を抱え込んでしまう。


「まあ。一年限定だよ。外の小屋も併用できるし」

「そりゃそうだけどさあ……」

「もちろん、仏壇の前に勉強机を置けなんて言わないよ。あの部屋は広いから、区切ってきっちり分ける」

「あ、なるほど。じゃあ、今より広くなるかもってことね」

「そうだ。それにな」

「うん」

「外の小屋は、ゆめが大学に進んだ時点で撤去する」

「え? どして?」

「拓と昇が、必ず分捕り合いをやらかす。血を見る」


 うん。全てわかりますた。その通りでしょう。


「あの小屋は、さっさと潰すべきだったな」


 それまで穏やかに話をしていたお父さんが、突然語気を強めた。びっくりする。


「どして?」

「意味がないだろ」


 意味がない? それまで理路整然と話をしていたのに、そこだけ言葉が足りない。どうも引っかかる。うーん……。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る