(4)

 どうすべ。とりあえず、パズルの拾えるピースだけでも集めようか。辛うじて残っていた破片をいくつか集めて、そこが公園か広場みたいな場所だというのはわかった。その割には人の感じが似通っているような……。


「あ、もしかして、大学かなんか?」


 わたしの独り言に、手がぴくっと反応した。


「え?」

「いや、まだなんとも言えないですけど」

「……」


 だんまりか。どうもおかしい。思い出したくないような黒歴史があるなら、舞台がもっと暗くなる。明暗は強調されるんだ。でも、破片のトーンは暗くない。いや、むしろ明るい。うーむむむ。

 しばらくパズルの組み立てに集中していたけど。破片の数があまりに少なすぎる。本当に断片しか再現できない。どうしよう……。こりゃあ予想以上に難しい。


 坂野さんの手から指を放して、一度深呼吸する。


「ふうううっ」

「すみません。厄介なことをお願いして」


 それはわたしを労う言葉だよね。でも、わたしには全然違う響きに聞こえるんだ。


『余計なことをするな! 放っておいてくれ!』


 いや、坂野さんが本心から迷惑だと思っているのなら、そもそもお父さんの誘いに乗ることはないだろう。わたしやお父さんに向ける顔と、自分の夢に向ける顔が正反対。わたしにでかいあかんべえをかましているのは、夢の中の坂野さんなんだ。それは、作られた坂野さんじゃない。間違いなく、坂野さん本人。現実と夢の自我が、まるっきりそっぽを向き合ってるってこと。


「再開します」

「はい」


 そうか。わたしは、視なきゃならないものを間違えてたね。坂野さんの「場所」っていうオーダーにまんまと引きずられちゃった。まず確認しなければならないのは、坂野さん自身が「どこにいるか」だ。それは具体的な場所ではなく、領域。夢の情景は意識して消せても、自我は消せない。それはくっきり領域として残ってるはず。

 手のひらに指を当てて、ゴミ捨て場に戻る。夢のゴミ捨て場で唯一ゴミでないものは、坂野さん自身だ。それを客観視できるのはわたしだけ。坂野さんと同じにしていた視線を動かし、坂野さんの正面に回り込む。で……「それ」を見てぎょっとした。


「ぐ……わ」


 こ、これは強烈だ。くらげだったおばさんも不気味だったけど、坂野さんのも強烈だった。半透明のプラケースにフィギュア……いやデッサン人形が入ってる。目鼻がない。服を着てない。全てが単純化されてしまっていて、ぎくしゃく動いてる。坂野さんの姿形が、全く失われてる。

 そして。デッサン人形は、夢の中の誰か――それが誰かはいろいろだけど――誰かに話しかけようとするんだ。でも半透明のケースで隔てられているから、向こうがよく見えない。声がよく聞こえない。必死に相手にアクセスしようとして、いつも無視される。それを何度も繰り返しているうちにケースの壁をがんがん叩くようになり。どうしても出られなくて、最後に諦める。諦めた途端に、夢の世界が一気に瓦解する。えぐい。これは……えぐいわ。


 画像としてはとても描き出せない。わたしは情景をメモに書き出して、それで済ませることにした。ただ……それをわたしの目の前で読まれても困る。きっと、これはどういうことなのかって聞かれるだろうから。それには答えられないし、答えるつもりもない。


 さかさかっとメモ用紙に書き出して四つ折りにし、茶封筒に入れた。


「坂野さん、終わりました」

「えっ?」


 もっと時間がかかると思っていたんだろう。坂野さんがすっとんきょうな声をあげた。


「何かわかりましたか?」

「ええ。でも、ここでは言えません。封筒の中にメモを入れておきましたので、帰ってから読んでくれませんか?」

「あ、はい」


 心なしかほっとした様子で、わたしの差し出した封筒を受け取った坂野さんが、すいっと頭を下げた。


「ありがとうございました。あの、お礼は?」

「わたしのはボランティアですー。商売じゃないので」

「あ、そうなんだ。なんか申し訳ないです」

「いえいえー、夢に悩まされなくなるといいですね」

「……ええ」


 やっぱり。最後まで元気のない坂野さんだった。


◇ ◇ ◇


 小屋を出て、門扉の前で坂野さんを見送ろうとしたら、背後から明るい声がした。


「あらー、ゆめちゃん。どしたん、そのかっこいい人」


 ありゃ。村岡先生じゃん。夢視のことは言えないから、お父さんをダシにした。


「父の会社の人なんですー。てか、スケジュールのことですかー?」

「そう。教研集会の日程がずれちゃったの。電話したんだけど出なかったから」


 ああ、さっき夢視してる時にかかったんだな。集中するのに、小屋には携帯を持ち込まないようにしてるから。


「すみません、わざわざ」

「いいのー。買い物のついでだったし」


 立ち止まってわたしと先生のやりとりをじっと見ていた坂野さんが、走り寄ってきて突然叫んだ。


「ムラ! ムラじゃんか!」

「え?」


 きょとんとした顔で坂野さんを見ていた村岡先生が、ぴょーんと飛び上がった。


「えええっ! もしかして、坂野くん? うわあ、どこのイケメンかと思ったら!」

「あのー……」


 思わず口を突っ込む。


「先生たち、知り合いなんですかー?」

「びっくりしたー。大学で同じサークルだったからね」


 ひえええっ!?


「俺は学部の課題が忙しくなって、先にやめちゃったけどな」


 寂しそうにつぶやいた坂野さんの背中を、先生が思いっきりどやした。ばしいっ!


「なあにじじいみたいなこと言ってんのよ。今日は暇なんでしょ? お茶しようよ!」

「え?」

「同窓生になんか滅多に会えないもん。懐かしいじゃん!」

「ああ! そうだよな」


 坂野さんが、初めて屈託ない笑顔を見せた。その途端。さっき坂野さんが閉じ込められてた半透明のプラケースが、轟音を立てて砕けた……気がしたんだ。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る